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禍い物  作者: 青野 乃蒼
このはフロッグ

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このはフロッグ 其ノ捌①

家に着いた僕は息も絶え絶えに、脇目も振らず半ば縋るようにしてドアを開けた。


足を振り上げ、虫を踏み潰すが如く勢いで土間へ踏み入れる。


「頼む! 入れてくれええぇぇーーーー!」


パッ――と。


反転。


「くっ……」


僕は玄関に佇んでいた。


ドアに背を向けて。


例外はない。


それは、自宅においても言えることが証明された――証明してしまった。


ガチャン――と、ドアの閉まる音が、空しく、無情に響いた。



どうしよう。


どうすればいい。


どうやったら中に入れるんだ。


媛野に電話するか――いや、今日に限っては糸口が見つかりそうにないしな。


電話が無駄とは思わないけど、ただでさえ精神が不安定、諸刃の剣のような状態の彼女に、要らぬ気苦労は掛けたくない。


気兼ねなく持ちつ持たれつの関係でいられるのが親友ではあるが、余計な心配を掛けないようにするというのも、親友としての努めだろう。


それぐらいの配慮は僕だってする。



じゃあ、どうするか。


もう僕に取れる手段なんて、一つしか残っていない。


時間的にはかなり早いが、とりあえず神社跡に行って、魅子を待つとするか――。



ガチャ。


今夜の方針がほぼ固まったところで、不意に背後からドアの開く音がした。


「お兄ちゃん……?」


開いたドアから顔を覗かせるようにして、有明が訝しむように僕を見ていた。


「有明――」


妹の名前を呼んでから、僕はふと気になることが頭に浮かんだ。


「有明、丁度いいところに来た。僕が今から家の中に入るから、見ててくれ」



僕が反転する瞬間、周りの人にはどう見えているのか――と。


そしてあわよくば、それが解決の糸口になるのではないかと、一ミリにも満たない、あまりにも淡い期待を抱いて。



「はぁ? お兄ちゃん、何言ってるの?」


「気持ちは分かるけど頼むよ。そんなに時間が掛かるもんじゃないだろ? とりあえず見ててくれるだけでいいから」


「まぁ、別にいいけど」


不承不承といった体ではあるが、有明は僕の願いを聞いてくれて、家の中へと入っていく。


「よし、じゃあ今から入るぞ」


「ん」


「ただいまー」


僕は有明に向かって手を上げながら、家の中へ進んでいく。


今回はあまり意識せず、普段通りを心掛けて歩いた。


僕の体が室内に入り、足が地面に着いた感覚があって。


パッ――と。


僕の視界は明から暗――室内から屋外へ切り替わった。



そりゃそうだよな。


誰かが見ているからって、中に入れる訳がないよな。


別に大した期待はしてなかったし、落胆とか失望とか、そういう感情はない。


それよりも――。



僕はすぐに身を翻して、有明を見る。


「有明、僕、どうなった?」


「はぁ? どうって、何が? 意味分かんないんだけど」


「いや、見たままを言ってくれたらいいんだ。僕は家に入ろうとしたと思うんだけど、その後はどうだった?」


「自分でしたことを他人に聞いてどうすんのって感じだけど、お兄ちゃんがしたまんまだよ。家に入った途端、急にU(・)タ(・)ー(・)ン(・)し(・)て(・)外(・)に(・)出(・)た(・)」


「へぇ」



なるほど。


僕にとっては家の中に足を踏み入れた次の瞬間――切れ目なく、シームレスに身を翻して外にいる状態だけど、他人には、齟齬が生じないように僕がUターンしているように見えているらしい。


物理的に、科学的に、現実的に考えれば、疑う余地もなく有明が見た光景――僕がUターンしている方が正しいのだが、しかし実際に体験している本人から言わせてもらえば、それは誤り、噓、偽りである。


そして常識的に考えるならば、本人である僕の体験談こそが絶対的に正しいと言えるが、今起きている現象は常識外れで非現実的な、怪奇現象なのだ。


常識の通じない、前提そのものが揺らぐ現状において、本人の体験談だから正しいとは言い切れず、かと言って他者視点の光景が虚像であるとも言い切れない。


つまり、僕と有明、どちらかの光景が真実とするならば、どちらかの記憶が、何らかの力によって改竄(かいざん)されているということになる。


まさに怪奇現象。


ゾッとする。



「『へぇ』って何よ、『へぇ』って。ここはトリビアの泉じゃないんだけど」


「そんなつもりで言ってねーよ。しかも僕は一回しか『へぇ』って言ってないから、『1へぇ』ってことになるぞ? 投稿者、百円しか貰えないじゃないか」


「それぐらいしょうもないことをやらされてるって言いたいの、あたしは」


「じゃあ悪いけど、もう一つ頼まれてくれ」


「はぁ? あたしの話聞いてた?」


「頼むよ、有明ちゃん。今度ゲッツ買ってあげるからさ」


「ちっ……、食べ物で釣られのは癪だけど、ゲッツとあれば仕方ないな。よし、聞こう」


「ゲッツ☆」



ちなみに『ゲッツ』というのは、ダンディ坂野ではない。


まぁ、さすがに文脈からしてダンディ坂野でないことは分かると思うけれど。


話を戻すが、『ゲッツ』というのは、ハーゲンダッツのことである。


我が家では、敬愛を込めてハーゲンダッツのことを『ゲッツ』と呼んでいるのだ。


ハーゲンダッツは古門家一同のハートを鷲掴み――GETS(ゲッツ)という意味も、あるとかないとか。


まぁ、これは単なる後付けだ。


前に有明がふざけて言っていたのだ。


ダンディ坂野のあのポーズをしながら。

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