このはフロッグ 其ノ漆②
コンビニの数倍の大きさはある店の、これまたコンビニよりも大きいスライドドアの前、ちらほらと客が出たり入ったりしている。
これだけ人が自由に出入りしているのだから、何だか入れそうな気もするし、入れて欲しいという期待もあるけれど、やっぱり入れないんだろうなという諦念もある。
何をどう考えたところで、思ったところで、どうせ結果は変わらないのだ。
さっさと行こう。
期待と不安が入り混じる中、僕はドアに近づき開くのを待ってから、店内に足を着地させた。
パッ――と。
「やっぱ、ダメか……」
コンビニと同様に、足を踏み入れた瞬間、僕の体はあたかも店内から出てきたように、店の外にあった。
コンビニもダメ、スーパーもダメ。
となると、建物全てが原理の対象なのかもしれないな。
多少強引ではあるが、あえてその二つを関連付けてグルーピングするなら、食料や飲料といった生活必需品を売っている店、ということにはなるけれど。
かと言って、グルーピングしたところで何の役に立つと言うのか。
それとも何か、それ以外の店――例えば娯楽施設とか役所とか病院とかなら、原理の対象外だったりするのだろうか。
まぁ、ないだろうな。
とは言っても、これ以上打つ手なんてないし、建物の中に入れないんじゃ行くところだってないし、せいぜい例の公園に戻るくらいか。
昨日の僕なら喜んでそうするんだけど、さっきこのはちゃんに迷惑って言われたばっかりだしな。
さすがに戻るわけにはいかない。
とりあえず、行きますか。
そう決意したところで、行先は病院にした。
今いるスーパーから一番近いのが病院だったというのが最たる理由ではあるが、それに匹敵する、双璧とも言える理由がもう一つあった。
それは、公共性と緊急性が高いという点である。
誰もが利用でき、かつ利用できないと困るという点において、緩衝地帯と言うか非武装地帯と言うか、そういう倫理的な配慮の元に原理の適用が免除される場所があるのではないか、むしろこういう場所においてはそうあるべきではないのかと思ったのだ。
さもなくば、万一僕が急病によって医療機関を受診しなければならなくなったとしても、治療はおろか診察すらしてもらえず、最悪命を落とすことになるかもしれないのだから。
個人的に、思いつきの割には正鵠を射たもっともらしい意見だと思う。
医療を盾に、命を盾にするのは、少しばかり卑怯な気もしないでもないけれど、事実は事実。
そこに虚偽はない。
ただ、昨日も状況としては似たり寄ったりではあった。
あの時僕が誰にも頼ることが出来ず、解決策を見出すことが出来ていなければ、いつかは餓死していたのだ。
そのことを考えると、命が免罪符になるということはないのかもしれなかった。
もっともらしさはあっても、確からしさはない。
期待は出来ても、信用は出来ない。
結局のところ僕の意見は、気休めにしかならないのだった。
「やっぱ、近くで見るとデカいな」
僕は建物を見上げる。
着いたのは、この田舎町唯一にして最大の総合病院だった。
こう言うと、巨大なイメージを与えてしまうだろうが、あくまでも田舎基準であることを忘れないでいただきたい。
僕としては大きい部類に入るのだが、高さはパッと見て五、六階建てのようだし、実際に比べれば、そこそこのビジネスホテルと変わらないかもしれない。
時刻はそろそろ十八時になろうかという辺り。
ありがたいことに僕は親から丈夫な体を授かっており、記憶の限りでは総合病院に罹ったことがないのでよく分からないが、診察時間は過ぎているのではないだろうか。
病院前の駐車場に止まっている車はまばらだし、出入口に人の気配はない。
院内には人がたくさんいるだろうけど、外だけを見れば閑散としていた。
診察時間もそうだけど、もし面会時間も終わっているようなら、正面のドアって閉められているんじゃないか……?
と若干不安に駆られたのだが、急患も受け入れているしドアくらいは開けているか、と思い直して再び歩を進めた。
呼吸を整えて、気持ちを落ち着かせてから入ろうと、ドアから離れた位置に立ったはずなのに、優秀なセンサーが僕を感知してスライドドアを開放した。
まぁ、開いてしまったからと言って入らないといけないわけでもないんだけど。
それに、先に施錠されてないことが分かって良かったと言えば良かった。
ふぅーっと息を吐いて、それから僕は進んだ。
足を持ち上げ、前に出し、院内の床に触れる。
パッ――と。
結果は同じだった。
今通ろうとしたドアを背に、僕は先ほどまでいた玄関に立っていた。
三ヶ所しか試してはいないが、この原理――怪奇現象に例外はないということだろう。
僕は建物の中に入れない。
全く、昨日から何なんだよ。
踏んだり蹴ったりと言うか、泣きっ面に蜂と言うか、怪奇現象起きすぎだろ。
こんなことになるんだったら、昨日のうちに魅子に相談しておくんだったな――と言っても、昨日は気づいたら爆睡してたわけで、仕方ないと言えば仕方ないんだけど。
恨むらくは、神社跡に行くつもりだったのに、眠る気なんてなかったのに、布団に横たわった僕の浅はかさだ。
「まっ、何はともあれ、とりあえず帰るか」
と言って、僕はようやく気づく。
事の重大さに。
これまた僕の浅はかさに。
愚かさに。
僕はさっき、自分で言ったじゃないか。
『僕は建物の中に入れない』と。
玄関、ドア、出入口。
表裏一体。
家も、建物だ。
何で今まで気づかなかったんだ。
家だって建物じゃないか!
ヤバい、ヤバすぎる。
ヤバいどころの話じゃない。
ということは、僕、家に帰れないのか?
噓だろ!
僕は走った。
とにかく走った。
これまでの疲れなどまるで忘れて、ひた走った。
頼む、お願いだ、それだけは勘弁してくれ。
一生ホームレスは、死んでもごめんだ!




