このはフロッグ 其ノ漆①
そのまま家に帰っても良かったのだけれど、折角まだ外にいるのだしという謎の吝嗇ぶりを発揮した僕は、公園を出たその足でコンビニへ向かった。
多分疲れたのだと思う。
いや、疲れた。
自分が犯した愚行ではあるけれど、突然目の前で少女が倒れたのだ。
体中の筋肉に変な力が入って緊張しっぱなしだったし、心も焦燥感と罪悪感で押し潰されそうだった。
昨日の怪奇現象による心労も残っていたし、尚の事だっただろう。
それなら、それこそ、早く家に帰るべきなのかもしれないけれど、とにかく、なんとなく、僕は甘いものと炭酸が欲しかった。
とろける甘味とシュワッとした清涼感を、僕の体が欲していた。
足を引き摺りながら気息奄々といった体で――と言うのはいささか過剰すぎる表現ではあるけれど、気持ちとしてはそれぐらいの感覚で、ようやっと僕はコンビニに辿り着いた。
ウィーン――。
という音はもちろんしなかったけれど、コンビニのドアが横にスライドし、僕を招き入れてくれる。
僕が足を踏み入れようとすると、聞き馴染みのある――と言うか、ここ最近通いすぎて若干食傷気味な――入店音が僕の耳に入ってきた。
さて、炭酸は何にしようかな。
かなり疲れてるし、ここはエナドリでキュッといきますか。
そんなことを考えながら、僕の足が店内の床に着地した、まさにその瞬間――。
パッ――と。
「は……?」
僕の目の前は開けていた。
「ありがとざしたー」
なぜか僕の背後から、まるで気持ちのこもっていない、おざなりな、コンビニ店員のお礼が聞こえてくる。
すると、僕の背中に何かがぶつかる感覚がした。
「おぉっつ、ん……?」
その正体はすぐに分かった。
ビニール袋を提げた、今まさにコンビニから出てきた風の中年男が、僕を睨むように、さも邪魔だと言わんばかりに瞥見したのだ。
美女に睨まれるのは嬉しい僕だけれど、中年男に睨まれるのは全然嬉しくない、と言うよりむしろムッとする僕だけれど、こと現状においては致し方ない。
甘受せざるを得ない。
なぜなら。
僕は今、入口のドアに背を向ける格好で、店の外に突っ立っているのだから。
「マジ、かよ……」
僕はすぐに身を反転させ、再び入店を試みた。
しかし。
店内に足を踏み入れた瞬間、目の前の景色は切り替わり、店外に突っ立っていた。
「噓だろ……」
入りたくても、入れない。
入ったつもりが、出ている。
入れば、出る。
入口が、出口に。
これって、もしかして……。
新手の入店拒否なのか――と、まぁ冗談はさておき。
僕には心当たりがあった。
ありすぎた。
それもそのはず。
その心当たりは、つい昨日の出来事なのだから。
反転。
昨日の怪奇現象と同じ原理だった。
ただ、昨日とは決定的に異なる点が一つある。
それは、解決策が見当たらない――つまり、入店できないということだ。
昨日の怪奇現象の場合、二階と三階――上にも下にもフロアがある時は、上に行きたいと思えば階段を下り、下に行きたいと思えば階段を上ることで解決出来たし、一階と四階――最下階と最上階はそれぞれ一方通行なので原理が適用されていなかった。
しかし、出入口のような表裏一体の場合、反転可能なので当然原理が適用されるのだろうが、昨日のように逆手を取ることは不可能なのだ。
だってそうだろう?
店内に入るために逆手を取ろうとすると、店内から店外へ出なければならなくなるのだから。
店内に入りたいのに、店内に入っていなければならないという前提がもはや破綻している。
これ、詰んでない?
僕はダメ元で、最後にもう一度だけ、入店を試みた。
今度は敷居を跨ぐように、ぴょんっと軽くジャンプして、両足で着地する。
けれど案の定、ダメだった。
入店お断りだった。
やっとの思いでここまで来たというのに、甘いものも炭酸も買えないのか。
辛い、辛すぎる。
でも別に、コンビニじゃないと買えないってわけじゃないよな。
と、そこで僕は思い至る。
コンビニ以外でもこうなるんだろうか?
例えばスーパーに行けば、なんてこともなく入店できたりしないんだろうか?
というわけで、僕は疲れなんて半ば忘れ、早足で近くのスーパーへ向かった。




