このはフロッグ 其ノ陸②
「だ、大丈夫? どこか痛いところとか、苦しいとか、ない?」
「お兄ちゃん?」
「そうだ、僕だ。古門暁だ。どう? 大丈夫?」
このはちゃんは状況を把握しようとしているのか、僕の顔と両手を交互に見る。
やがて、何往復した後、このはちゃんはハッとしたような顔をした。
「強姦なん」
「ちがーーーーーーーーう!」
「いやいや、この状況で言い逃れは出来ないん。このはを気絶させて、意識がないうちにパーカーを脱がせて胸に手を置いてるこの状況は、強姦以外では説明がつかないん」
「今この瞬間を切り取ればそう見えるけれども、どちらにせよ悪いのは僕なんだけれども、これだけは言わせてくれ。その罪に関しては冤罪だ」
「あ、パトカーなん」
「ん?」
このはちゃんの視線の先――僕の背後を、僕は首が千切れるかというほどの勢いで振り返った。
果たして、このはちゃんの言う通り、パトカーがこちらに向かって走ってきていた。
「おーい、お巡りさーん。ここに犯罪者がいますん」
「おいーーーーーー! やめろやめろ! 違うから! 僕は犯罪者じゃないから!」
僕は慌ててこのはちゃんの手を抑えて、口を塞ぐ。
いや、待て。
僕がしたことは強姦ではないけど、殺人未遂になるんじゃないか?
あれ、もしかして僕、犯罪者かな?
もっと言えば、強引に少女の手を押さえて口を塞いでいるまさにこの状況こそ、いかにも犯罪者っぽい。
ちょっと、ヤバくね?
対向車は来ていないというのに、なぜかパトカーが減速した。
はっきりとは見えないけれど、心なしか運転席から鋭い視線を感じる。
あ、ヤバい。
本当にヤバいかもしれない。
「このはちゃん! 手を振れ! 笑顔だ! 笑顔で手を振るんだ!」
僕は引き攣っているであろうバリバリの作り笑いを浮かべながら、パトカーに向かって手を振った。
さながら、パトカーに憧憬の念を抱く少年のように。
このはちゃんも僕の言うことを聞いて手を振ってくれた甲斐もあってか、パトカーが停車することはなかった。
どうやらやり過ごせたらしい。
危ない危ない。
危うく本当に捕まるところだった。
「このはちゃん」
「なん?」
「お願いですから、僕に弁解の余地をお与えください」
「うん、分かったん。お兄ちゃんが噓をついてるようには見えないし、便塊のお兄ちゃんにウンチをあげるん」
僕がウンチになっちゃってるし、ウンチの僕にウンチを与えるっていう訳の分からない状況になっちゃってるけど、それはこの際水に流そう。
汚名を着せられようとも、まずは嫌疑を晴らすことが最優先事項だ。
「ありがとうございます」
「で、何があったん? お兄ちゃんがどんな便をするのか楽しみなん。少女の胸を触ることがあたかも正当のように感じてしまうような、奇便を期待してますん」
そろそろウンチ扱いは勘弁して欲しいのだけれど。
しかも、弁解する前から既に詭弁扱いされてるし。
「だからそれは誤解なんだって。話してしまうとあっけないというか、しょうもないんだけど、僕がこのはちゃんを驚かせたせいで、このはちゃんの心臓が止まっちゃったみたいで……」
「このはの心臓は元々動いてないん」
は?
んなわけあるかよ。
どんな冗談だよ。
やっぱりこの子、ちょっとどこか飛んでるところあるよな。
まぁいいや。
とりあえず無視しよう。
「……それで、心臓マッサージをしようとしてただけなんだ」
「そうなん。じゃあお兄ちゃんは、このはの救命にかこつけて、カッコつけて、少女の未発達な体に手を出したということなん」
「だから違うって。かこつけてもカッコつけてもない。百パーセント救命のためだ。体に触れられたのが不快だったのなら謝るし、そもそも悪ふざけで驚かせてしまったことは、本当に申し訳なく思ってるよ。本当にごめん」
「別に気にしてないから謝らなくていいん」
「気にしてないのかよ!」
ここまで引っ張っておいて何なんだよ。
僕をいじめたかっただけなのか。
単なる意趣返しなのか。
気にしてないなら、そんな罪悪感を感じさせるようなことを言うなよ。
危うくあらぬ罪まで背負わされるところだったじゃないか。
「ところで愚兄ちゃん、今日もこんな殺風景なところに来て、何の用なん?」
切り替えが早いな。
本当に気にしてないらしい。
って、おい。
どさくさに紛れて僕を愚か者呼ばわりするなよ――と言いたいが、僕が愚かなのは確かだし、今日に限って言えば、少女に罵倒されても仕方がないほど愚かな行為をしてしまっているので、どうにも反論できない。
「それは僕の台詞でもあるんだけど、僕はと言えば、このはちゃんは平日もこの公園に来てるのかと気になって来てみたって感じだな」
「ふーん。要はただの暇人なん」
うるせぇ、ほっとけ。
「……で、このはちゃんは?」
「日向ぼっこなん」
本当に日向ぼっこだった!
「でも最近、新たに男子高校生が勃興してて、迷惑してるん」
ん? 男子高校生?
それってもしかして、僕のこと?
僕はこのはちゃんとの雑談、楽しいんだけどな。
このはちゃん、迷惑してたのか。
結構ショックだなー。傷つくなー。
「……それじゃあ、僕はそろそろ帰るよ」
「あれ、愚兄ちゃんもう帰るん?」
「もうこれ以上、このはちゃんの日向ぼっこの邪魔をしたくないんだ」
「ん? よく分からないけど、他に用事があるってことなん。それなら気にすることないん。このはは来る者は拒まず去る者は追わずなん。気をつけて帰るん」
「このはちゃんも、僕が言うことじゃないけど、一回心臓が止まったんだし、早く帰って休んでね。じゃあ」
「なーん」
と、このはちゃんは僕に手を振ってくれた。
僕は歩きながら考える。
このはちゃんに迷惑だってはっきり言われてしまったし、もうここには来ない方がいいんだろうな。
はぁ。
これでこのはちゃんとはお別れか。
三日間という短い間だったけど、最後の最後にとんでもないことをやらかしてしまったけど、本当に楽しかったな。
このはちゃんと過ごした時間を、僕は忘れないからね。
僕の目尻からは一粒の涙が零れ――とまではいかなかった。




