このはフロッグ 其ノ肆①
このはちゃんと別れた後、僕は公園から更に十分ほど歩いて、閑散としている商店街の一角にある本屋へと向かった。
古色蒼然とした――と言うといかにも厳めしくて趣があるような雰囲気を与えてしまって、ともすると美化したような表現にもなりかねないので、ここはあえて端的に言わせてもらう。
古い。
古びている。
店主には悪いが、風情もへったくれもない。
築古の、四階建て鉄筋コンクリート造の店である。
昔の建物であることを考えれば、四階建てというところには少し驚嘆するが、それも商店街に軒を連ねるがゆえの敷地の狭さに由来するものであろうことは、建物の中に入ればすぐに見当が付く。
実際中に入れば、思っている以上に狭い。
とは言えここは本屋なので本さえ並べられればいいわけで、田舎町で四つのフロアがあれば、延床面積で考えれば、それは十分な広さ、蔵書の数と言える。
僕の今日の目当てはマンガだ。
新刊が出たのだ。
僕はマンガコーナーがある二階に行ってお目当てのマンガを手にし、フロアをふらっと一周してから一階へと階段を下りた。
田舎なので仕方ないのだが、四階建てなのにエレベーターはないし、レジも一階にしかない。
なんて文句を言ったりする僕だけど、基本的には二階にしか用事がないので、あまり気にしたことはないのだけれども。
そんなことを思いながら、僕は一階の床に足を下ろした――はずだった。
下ろしたはずなのに。
気づけば僕は、三階にいた。
「えっ……」
思わず声が漏れる。
今さっきまで、一階が、レジが、レジに立っているおじさん店主が、ドア越しの外の景色が、見えていたのに。
テレビのチャンネルを誰かが替えたような、映画の場面が切り替わるような、そんな瞬きにも満たない一瞬の間に、僕が目にしていた光景が、そして僕自身が――三階に移っていた。
それはまるで魔法のように、パッと、あっさりと、あっけなく。
僕は今、階段を下りたのに、三階にいた。
「えっ……、何が……」
衝撃的な出来事に、僕の思考はまるで追いつかない。
あまりの遅さに、思考を放棄したのではないかと錯覚してしまうほどだ。
落ち着け、落ち着け僕。
多分僕は寝ぼけていたに違いない。
それぐらいは有り得るだろう。
なんてったって、アイドル――否、僕は衣服の全てを裏返しで着ることもある男なんだから。
下りていたつもりが、実は上っていたということもあるだろう。
よしよし、大丈夫。
しょうもないがボケられる程度には冷静さを取り戻してきたらしい。
とりあえず、もう一度下りてみよう。
下りないことには始まらない――帰れない。
僕は今まさに上ってきたようになっている格好を翻して、階段を下りていく。
一段ずつ踏みしめるように、ゆっくりと、丁寧に。
傍から見れば、きっと僕の姿は滑稽だっただろう。
いい歳をした男子高校生が、まるで赤子のように一段ずつ階段を下りているのだから。
幸い、他の客が階段に現れるということはなかったので、醜態をさらさずに済んだけれど。
ようやく、最後の一段。
僕の目の前には、先ほどまでいた二階の景色が広がっている。
大丈夫。
さっきのはただの勘違い。
僕が呆けていただけだ。
僕は呼吸を整え、意を決して、右足を二階の床へ下ろした。
が。
パッ――と。
目にも止まらぬ、という表現では到底足りない早さ――と言うか早さを超越した、それは理に反した超常現象もしくは神の御業と言わざるを得ない、おおよそ人智を超えた力によって、目の前の景色は変化した――していた。
僕は四階にいた。
あたかも今上ってきたかのような格好で、右足を上げて四階の床に到達したような格好で、僕は四階にいた。




