このはフロッグ 其ノ參②
「ファッションじゃなかったん?」
「そうなんだ。どうやら昨日僕は、家を出る前から服を裏返しで着ていたらしい」
「ファッションじゃなくて、ディスファンクションだったん」
「誰が機能不全だ。……いや、そうかもしれない」
なんせ全ての衣服を裏返しで着ているんだから。
しかし、ディスファンクションなんて英単語をよく知ってるな。
とんでもない小学生だ。
それとも、今の小学生はこれぐらい当たり前なのだろうか。
「そんなに落ち込むことないん。完璧な人間なんていないし、完璧じゃないからこそ人間なん。完璧はつまらないん。完璧は機械だけで十分なん」
慰められてしまった。
少女に。
男子高校生が。
体裁的には情けないことこの上ないのだが、僕は別に落ち込んでいたわけではなかったんだけどな。
でも、このはちゃんの言葉には刺さるものがある。
つい先日『完璧』にまつわるエピソードがあったばかりだからかもしれないけれど。
「ありがとう、このはちゃん。元気出たよ」
「どういたしましてなん。失敗しても次に活かせばいいん。ドリカムの吉田美和も言ってるん、『一万回ダメでも一万一回目は変わるかもしれない』ん」
「このはちゃんがドリカムを知ってることに驚きだし、その歌詞はとても素敵だと思うんだけど、今回に限って言えばそれは誤用じゃないか? それだと、僕が一万回も服を裏返しで着ることになるし、下手をすると一万一回目も服を裏返しで着るかもしれないぜ?」
「なんなん、お兄ちゃんはドリカムを馬鹿にしてるん? もしそうなら、お兄ちゃんの未来予想図は地獄絵図になるん」
「怖い怖い、怖すぎるよ。それに僕はドリカムを馬鹿になんてしてない。もしこのはちゃんを怒らせたんだったら謝るよ、揚げ足を取るようなことを言ってごめんね」
「それならいいん。もうちょっとで二度とお兄ちゃんと遊べなくなるところだったん」
どうやらこのはちゃんは、熱狂的なドリカムファンらしい。
とんでもないパッションだぜ。
「僕も誤解が解けて本当に良かったよ」
危うく死ぬところだったっぽいし。
一族郎党皆殺しも有り得た勢いだったし。
「これで僕たちのLOVELOVELOVEな関係は守られたし、これからも僕たちは何度でも会えることが分かったから、そろそろ僕は行くよ」
「お兄ちゃんがドリカムネタに付き合ってくれたのは嬉しいけど、別にこのははお兄ちゃんに対してLOVEではないん。お兄ちゃんが一方的に思ってるんだとしたら、それはロリコンなん」
痛恨だった。
痛恨の極みだった。
会って二日目の少女を愛しているだなんて思っていたわけではないけれど、このはちゃんに合わせたネタではあったけれど、少なからず昵懇には思っていた。
なのに、ロリコン呼ばわりされるとは。
僕には実際に妹がいるわけで、ロリータに欲情するなんて有り得ないというのに。
「僕はロリコンじゃない。でもこのはちゃんとは多少なりとも仲良くなれていると思っていただけに、少し寂しくはあるな」
「ただの冗談なん。そんなにへこむことないん。服を裏返しで着る間抜けなのに、しょうもない冗談は真に受けるん」
「……上手いのかどうか判定しづらいけど、それよりもこれは冗談じゃなくてただの悪口じゃないか」
「ただのではないん。愛のある冗談なん」
「僕たちの関係にはないのに、冗談には愛があるのか!」
「アイフルなん」
「同社の広告っぽく上手くまとめたところは素直に賞賛するが、愛があれば何でも許されるってわけじゃないんだぜ?」
「女の子を愛したこともない人が愛を語るなんて、厚顔無恥にも程があるん」
辛辣すぎる。
血も涙もないのか。
僕は今、哀に溢れてるよ。
「な、愛はあるん。少女にしか抱けない歪んだ愛だけどなん」
「だから僕はロリコンじゃない!」
「やっぱりお兄ちゃんは面白いん」
「僕もそう思うよ」
今日はだいぶ深手を負ってしまったけどな。
「今日も帰るん?」
「いや、今日はこの足で本屋に寄ってから帰るつもりだよ」
「そうなん。それなら帰るまで気をつけるん。散歩は家に帰るまでが散歩なん」
今日は散歩ではないんだけど、まぁいいか。
そんな軽い気持ちで僕は、このはちゃんの言葉を受け流していたのだけれど、家に帰るまでは何が起こるか分からないという戒めとして、僕はこの言葉を心に留めておくべきだったのかもしれない。




