このはフロッグ 其ノ參①
「んなっ!」
翌日、日曜の昼下がり。
僕は二日連続で昼間に外出し、例の公園へと向かったのだった。
この僕が二日連続で、しかも日中に外出するなど、平日の登校以外では久々すぎていつぶりかさえ分からないほどの、異例中の異例な出来事なのだが、僕をそうまでさせるほどの理由があるのだ。
あったのだ、昨日。
もちろん今日は服が裏返しということはない。
意識して服を着たし入念に確認もした。
更には家を出る前に、妹の最終審査も受けている。
「なんなんなっ!」
今日もこのはちゃんは、公園の隅に蹲っていた。
昨日と同じく、全身緑色でリアルな蛙の顔のフードを被って。
だから僕も昨日と同じく、このはちゃんの背後にそっと近づいて声を掛けた。
別に昨日と同じようにする必要はなかったし、背後から忍び寄る必要もなかったのだけれど、昨日のこのはちゃんの反応が面白かったので、ついやってしまったのだ。
やはり僕は、相当な意地悪だった。
このはちゃんは勢いよく飛び跳ねて身を反転させ、両の手のひらをピンと立てたファイティングポーズで僕を睨んだ。
「なんなん、どこのマフィアかと思ったら、昨日のお兄ちゃんなん」
そんなやたらめったらマフィアに遭遇なんかしないよ。
「やあ、このはちゃん」
「ここで会ったが百年目」
何でだよ。
昨日会ったばかりで出会って一日しか経ってないのに、僕が仇敵になってるじゃないか。一晩の間に何があったんだよ。
それに、探してたのは僕の方なんだけど。
「……このはちゃん、その言葉、どういう意味で使ってる?」
「ただの挨拶なん。百年続けて会うくらい仲良しって意味なん」
「そう思ってくれてるのは嬉しいんだけど、他の人には言わない方がいいと思うよ」
「なん? もしかしてお兄ちゃん、嫉妬なん?」
「いやいや違うよ。『ここで会ったが百年目』は、すごく簡単に言うと『お前を殺す!』っていう意味だから、このはちゃんが思ってる意味を知らない人が聞くと怒るかもしれない」
「そうだったん。この前時代劇を観た時に武士の人が笑顔で言ってたから、てっきり仲良しなんだと思ってたん」
なるほど確かに、そう言われるとそういう解釈になってもおかしくはないのかもしれない。
けれど、鑑賞していた時代劇ではその台詞の後、武士同士の殺陣が繰り広げられなかったのだろうか。
そんなことはないだろうが、子供だし、殺陣を観る前に中座した可能性は往々にしてありそうだ。
そこまで観ていれば、少なくとも『仲良し』だとは思わなかっただろう。
まさか殺し合いではなくてチャンバラごっこだとは思うまい。
「それでお兄ちゃんは何しに来たん?」
「ちょっとした用事だよ。このはちゃんがいてくれて助かった」
確信があって来たわけではもちろんない。
むしろ淡い期待というか一縷の望みにかけて来た感じだったので、いてくれて助かったというのは、純粋な本心、本音だった。
「レディに対して幼児とは失礼なん」
「いや幼児ではなくて用事ね。それに確かにこのはちゃんは幼いけれど、幼児だとは思ってないよ。君はかわいい少女だ」
あえて言わなかったけれど、レディと言うにはいささか早すぎると思うのだが。
実はおませさんなのだろうか。
むふん、と少女は鼻息荒く得意気な顔をする。
「お褒めに預り光栄なん。くるしゅうない」
謙虚なのか尊大なのかよく分からん反応だな。
褒められて嬉しいってことは十分伝わったから、まぁいいんだけど。
「それでお兄ちゃん、このかわいい少女に何の用事なん?」
「あ、そうそう、用事な」
危ない危ない。
このはちゃんがかわいくて、危うく用事を忘れるところだったぜ。
「昨日のことなんだけど、僕、服を裏返しに着てなかった?」
「着てたん」
マジか。
ってか、気づいていたなら教えてくれよ。
社会の窓が開いてたとか、歯にネギが付いてたとか、そういう指摘しづらいことじゃないんだからさ。
遠慮も外聞もない少女なんだからさ。
「なんで教えてくれなかったの?」
「そういうファッションだと思ってたん」
それはさすがにアバンギャルドすぎる。
でも、そう思われても仕方ないのか。
全身裏返しだったんだし。
ズボンの下のパンツまでも、裏返しだったんだし。
「ということは、僕は家を出た時点で裏返しだったということか」
自分のしたことではあるのだけれど、未だに僕は信じられずにいる。
酒を飲みすぎて千鳥足の酩酊状態だったなら分かるけれども、未成年の僕では有り得ないわけで、じゃあ一体どういう状態なら全身の服を裏返しで着てそれに気づかずに外出してしまうと言うのか。
我ながら、ゾッとする。




