このはフロッグ 其ノ貮④
「話が戻るんだけど、やっぱりこのはちゃんは一人で遊びに来たの?」
「何でそれを気にするん?」
「僕はそろそろお暇しようと思うんだけど、日中とは言え少女を一人置いて行くというのは、なんとなく気が引けるというか、後ろめたい気持ちになるんだよ」
「それは大丈夫なん。父上と母上がいるん」
「ん? どこに?」
「家に」
それのどこが大丈夫なんだよ。
現状何も変わんねーじゃねーか。
それに一回スルーしたけど、両親の呼び方が古風なのは何なんだよ。
父親の呼び方が『ボス』とか『お頭』じゃなくて良かったけども。
「それだと僕は一向に帰れないんだけど」
「だから大丈夫なん。このはの家はすぐ近くにあるん。そろそろ母上が迎えに来るし、いざとなったら走って帰るん」
いざという時に少女では太刀打ちできないというか、逃げることすらままならないだろうし、その『いざ』が怖いから僕は帰れないのだが――まぁ、母親が迎えに来るというのなら、とりあえず一安心ではある。
「そういうことなら、僕は行くよ。お母さんが迎えに来るまで気をつけてね」
「お兄ちゃんも気をつけて帰るん。散歩は家に帰るまでが散歩なん」
このはちゃんはきっと『遠足は家に帰るまでが遠足』という言葉を引用したのだろうけれど、散歩の場合、家がそもそも発着地だから、教訓にも戒めにもならないんだよな。
とは言え少女なりに気を遣ってくれたということだし、その気持ちは素直に嬉しい。
ありがたく頂戴しよう。
僕はこのはちゃんに手を振って、公園を後にする。
散歩としてはまだ十分程しか歩いていなかったのだけれど、このはちゃんとおしゃべりに興じたことでかなり満足感を得ていたので、僕は引き返して家路に着いた。
「ただいま」
家に帰った僕は玄関で、誰に知らせるでもなく帰宅を告げた。
靴を脱いでいると、タッタッタと階段を駆け下りる音が響いてきた。
「お兄ちゃん! こんな昼間にどこ行ってたの!」
「妹よ、出迎えてくれるのは大変にありがたいというか、むしろ初めてな気もするが、昼間に出掛けるというのは至って普通のことだろ」
「お兄ちゃん以外ならね」
これが僕の妹――古門有明である。
僕とは三つ歳が離れているので、今は中学二年生。
僕とは違って、明るくてかわいげのある、いわゆる陽キャだ。
本人は気にしているというようなことを言っていた気もする八重歯だが、それは間違いなくトレンドマークだし、顔立ちやらミディアムな髪やらも相まって、かなり猫感が強い。
猫耳を付けてメイド服を着れば(着なくてもいいんだけど)、一部の人間にそれはそれはもて囃されることだろう。
とは言え、かわいげがあるのは外向きの話であって、内輪の僕にはかわいげなんてあったもんじゃない。
皆さんもお分かりいただけたことと思うが、僕に対しては隙あらば――隙が無くとも粗を探して毒を吐く。
まぁ、リアルの妹なんて所詮こんなものだ。
「って言うかお兄ちゃん、なんで服反対なの?」
「ん? 反対?」
反対という意味が分からないが、反射的に僕は自身を見る。
「しかも全身」
有明の『全身』という言葉を受けて、ズボンにも目をやる。
「それ、どう見ても裏返しじゃん。どうやったらそんな間抜けなことになるの?」
有明の言う通りだった。
僕の服は裏返しだった。
シャツも、ズボンも、靴下も。
なぜ?
用心深く注意深く意識して服を着ているわけではないので、自分の記憶に間違いはないと断言しづらいところはあるけれど、それにしたって全身裏返しというのは無理があるだろう。
シャツと靴下はあるかもしれないが、さすがにズボンは履く時に気づくと思うのだが。
だってジーパンだぜ?
履いた時にポケットがべろんと垂れ下がっているのが見えるだろうし、万一それを見逃したとしてもベルトを通す時に気づくはず――と言うか気づかないとおかしい。
と思ってシャツを捲ってベルトを見てみると、裏返しなのでベルト通しは当然ないのだが、器用にベルトは巻かれていた。
「ほんとだ」
「お兄ちゃんもしかして、それで散歩してたの?」
「いや、そんなはずはないと思うんだけどな……」
今の今まで裏返しだったとは言えそのままというのは気持ちが悪いので、僕はベルトを外してズボンを下ろした。
そこで僕は衝撃の事実を目の当たりにした。
「……え?」
思わず声が漏れる。
パンツも裏返しだった。




