あかつきエレファント 其ノ參②
「ふんっ」
彼女が鼻で笑った。
「甲斐性のない男じゃの。どうせ、儂のナイスバディに見蕩れて興奮しとったんじゃろ?」
「なっ!」
「なんじゃ? 違うのか?」
「違います!」
「じゃあ、こっちかの?」
彼女は、はだけて谷間がくっきり見えてしまっている胸を、手でぐいっと持ち上げる。
いやはや、いいものをお持ちのようで。
見た目に違わぬ重量感を感じさせる。
「ち、違います」
「乳がいます?」
「ちげーよ! どもっただけだよ、乳なんて言ってねーよ!」
「そうか。それはすまんかったの。青年というものは皆等しく、女性と話す時は目ではなく胸を見て話すくらい、胸が好きなんじゃと思っておったが。そうではないようじゃな。勉強になったわ」
いえ、好きです。
みんな大好きです。
とは言えないのが残念でならない。
これも甲斐性がないということになるのだろうか。
「ところで、性年」
「待ってください。僕の人称代名詞が爽やかさを失って、いかがわしい感じになってます」
「おっと失礼。精年」
「いえ、まだ拭いきれてません」
「おぉ、そうじゃった、青年よ」
なんなんだよ、この人。
「貴様、つかれておるの」
「えぇ、まぁ、疲れてますね。色んな意味で」
『色んな』の中に、あなたも含まれるんですけどね!
「肩とか凝るじゃろ?」
「はい、ガチガチです」
「全身がダルくはないか?」
「ダルいですし、重いですね。なんかこう……上から押さえつけられているような感じです」
「そうじゃろの。ようそんなものを背負っておって、潰されずに済んでおるわ、はは」
彼女は軽快に笑った。
背負っているとは、どういう意味だろう?
僕は今手ぶらで来ているのだけれど。
それになぜ彼女は、僕が疲れていること――約一年もの間、悩まされている体の不調――に気づいているのだろう?
「あの……」
「なんじゃ?」
「どういう意味でしょうか?」
彼女はきょとんとした目で首を傾げる。
その仕草は少女のようで、少し可愛かった。
「貴様、分からんのか? つかれておるんじゃよ」
「はい、疲れています。それは自分がよく分かっています。そこではなくてですね、僕が背負っているとかなんとか、仰いましたよね?」
「いや、そこじゃ。そこなんじゃよ」
「はい?」
「儂が言うておる『つかれる』は、憑依されておるという意味での『憑かれる』じゃ」
僕の頭の中で『つかれる』が変化している。
疲れる――ではなく――憑かれる。
憑かれる!
僕は霊的な何かに憑かれているのか!
噓だろ。
僕、そういう類は得意じゃないんだけど。
「……マジですか?」
「マジマジ、大マジ、マジ卍じゃ」
マジか……。
どこで憑いたんだろう。
何が憑いてるんだろう。
ゾンビみたいな感じなのは嫌だな、臭そうだし。
っていうかこの人、そういうのが見える人なんだな。
それなら、この服装もとんだ的外れってわけでもない気はする。
霊媒師とか、そういう仕事でもしているのだろうか。
「……えっと、ちなみに、どんな感じなのが憑いてるんですか?」
「それを答えてしもうたら、ネタバレになってしまうじゃろ。ミステリ小説の犯人を、読む前に聞かされるくらい興醒めじゃ」
ふんっ、と鼻息荒く彼女は腕を組んでふんぞり返る。
その例えは違う気がするけどな。
少なくとも僕は、答えを望んでいるわけだし。
今の僕の気持ちを例えるなら、体調不良で病院に行ったのに、診察後に医者から『病名は秘密だ』と言われたような気分だ。
そんな病院あるかよ。
藪医者め!
「そんなことより、エロ青年」
「あからさまになってんじゃねーか!」
っていうか、『そんなことより』ってなんだよ。
僕にとっちゃ重要案件だぜ?
このまま放置されちまうのか?
なんてご無体な。
とんでもない生殺しだぜ。
「儂は小腹が空いたの。ちょっとひとっ走りして、どら焼きでも買ってきてくれんかの?」
「まさかのピンポイント! しかもどら焼きって、ドラえもんかよ……」
「第一希望はどら焼きじゃが、是が非でもどら焼きを食べたいというわけではない。ないならないで、別のもので良いぞ。饅頭とかの」
あんこが食べたいのな!
和服着てるから、イメージ通りではあるけども!
若干めんどくさいが、買ってこないことには話が進みそうにないし、仕方ないか。
幸いにして、財布は持ってきているし。
「……分かりました。行ってきますよ、コンビニ」
僕は来た道を引き返していく。
鳥居をくぐった辺りで、背後から彼女の声がする。
「青年! あったかいお茶も頼むぞ!」
注文の多いやつだな。帰ってきたら絶対に請求してやる。




