あかつきエレファント 其ノ參①
「ふぇっ!」
心臓が止まった。
いや、マジで。
すぐに動き始めたけど。
僕は驚いて反射的に両手を上げながら、膝から崩れ落ちた。
まるでイスラム教徒が神に祈りを捧げているような、それはそれは美しい流れからの土下座だった。
「くっ……はは。驚きすぎじゃろ、貴様」
心臓がうるさい。
エンジンが唸るように、バクバクと鳴っている。
僕は荒い呼吸をしながらゆるゆると顔を上げ、女性に顔を向ける。
彼女は、小馬鹿にしたような、嘲るような笑みを浮かべていた。
でも僕は、そんなことは気にならなかった。
どうでもよかった。
僕の耳元で彼女の声を聞くまで、僕は彼女に全く気づかなかった。
普段よりは警戒心を持っていたというのに、足音一つ聞こえなかった。
気配というものをまるで感じなかった。
「鳩がショットガンで撃たれたみたいな顔じゃな」
「どんな顔だよ!」
つい、突っ込んでしまった。
「おぉ、ようやく喋ったか。あまりにも驚いとるようじゃから、確かそんなことわざがあったような気がしての」
ねーよ、そんなことわざ。どんな覚え方してんだ。
鳩がショットガンで撃たれたら瞬殺だろ。
でもおかげで、正気に戻りつつある。
呼吸もだいぶ落ち着いてきた。
「ところで青年、夜更けにこんなところへ、何しに来たのじゃ?」
平静を取り戻したところで、僕は改めて彼女を見る。
つり目が鋭く見えてしまうが、かなり整った顔立ちをしている。
年は二十代後半といったところだろうか。
西洋人のような見事な金色の髪をしているが、頭頂部には黒色が広がっていて、染めていることが分かる。分かりやすく言えば、プリンみたいな頭髪だ。
服装はと言えば、白衣に緋袴というまさに巫女の格好をしている。
曲がりなりにも神社であるこの場所の性質上、巫女の姿をしていることは全くもって相応だ。
けれどここは、実質神社跡と言うべきであって、そんなところに巫女がいるはずもない。
だとすれば、彼女は巫女ではなく、巫女のコスプレをした女性ということであり、夜中に巫女のコスプレをして神社跡に赴いたということになる。
これには違和感を禁じ得ない。
加えて、和服にプリン頭はミスマッチも甚だしい。
外国人観光客が思い出作りに着てみた感がハンパない。
その上、あえてなのか知らないけれど、着崩して胸元がはだけているので、遊女のような雰囲気も醸している。
とどのつまり、各所の主張が強すぎて、多国籍料理――というか闇鍋みたいな仕上がりで、女性を評するには失礼極まりないけれど、不安と不審しか感じなかった。
「……ただの散歩ですけど」
「そうか、ただの散歩か。して貴様、儂の全身を舐め回すように見ておったが、感想はないのか?」
バレてる。
まぁ、女性って視線に敏感だって言うし。
つくづく思うけど、こういう時って何て言うのが正解なんだろうな。
『不安と不審しか感じません!』って本音を言うのは違うだろうし。
『いい体してますね』とかベタだけど、これも絶対違うよな。
経験の少ない僕には、まるで分からない。
誰か教えてほしいくらいだ。
学校って何のためにあるんだろうな。
学生時代以外で使うことは皆無であろう、難解な公式やら作者の気持ちやら、線上を動く点Pではなく、もっと実用的な、変化の激しい現代を生きやすくなるような、処世術をこそ教えて欲しいものだ。




