あかつきエレファント 其ノ貮②
特に決めているわけではないけれど、何となくお決まりの、定番のコースはある。
そのコースが定番化したことに、さしたる理由はない。
散歩なんて気ままにやるものだろ?
何となく歩いていたら、何となく同じ道を歩いていた、というだけの話。
それが続くと、いつの間にか慣例のように定着して、定番っぽくなっていたというだけだ。
そのコースの途中にアパートがあって、その一室には女子大生が住んでいるらしく、たまに洗濯物が干されているのだけれど、その下着を堂々と眺めることが出来るとか、そんな理由では――ない。
あんなもの、よく考えれば、ただの布だぜ?
いや、よく考えなくても、ただの布だぜ。
あれで欲情するやつの気が知れないな、全く。
そんなに欲しいなら、買えばいいだろ。買いに行けよ。
店員に白い目で見られるけどな。
挙動如何によっては通報されるかもしれないけどな。
まぁでも実際、警察のお世話になってしまうような常習犯は、『どんな』ではなくて、『誰の』下着かってところが重要なんだろうけどな。
未使用じゃ、何の意味もないんだろうな。
なんにせよ、僕には関係のない話だ。
僕は美しい女子大生の下着になんて、これっぽっちも興味ないから。
見てないし、嗅いでないし、かぶったりしてないから。
……てなわけで(どんなわけだよ!)、今日は定番化しつつあるコースには気が向かなかったので、別の道を行くことにした。
暗闇なので新たな発見みたいなことはほとんどないのだけれど、それでも見慣れない道を歩くというだけで、新鮮な感覚があってちょっと楽しい。
どうでもいいけど、新鮮さを『楽しい』とか『嬉しい』と思えるのって、多分人間だけだよな。
『未知』って普通、怖いもんだぜ?
何が起きるか分からない――命に危険が及ぶかもしれない、だろ?
だから野生の獣――野良猫とか――って、あんなに警戒心が強いんだと思うけどな。
生物として、危機意識というか、防衛本能がしっかり働いてる証拠だよな。
要するに、人間は天敵がいないから危機意識が薄れて、『未知』を『新鮮』だと思えるようになったんだろうな。
――知らんけど。
散歩してるとたまに、こういうどうでもいいことが頭を巡ったりするよな。
十分ほど歩いたところで右手に、住宅の間を縫うように緩やかな坂道があった。
今は暗闇に潜んでいて見えないが、この坂道の先には神社がある。
神社と言うより、神社跡と言った方が正しいのかもしれない。
僕の記憶(最後に行ったのは小学校低学年くらいだった気がする)では、拝殿が跡形もなく無くなっていて、こぢんまりとした本殿だけが鎮座している状態で、誰もそこを神社として扱っていなかった。
あれから約十年経っているわけだけど、本殿はどうなっているんだろう。
そんな淡くて薄い興味が湧いて、気づけば僕は、坂道に足を向けていた。
石造りの鳥居が見えてくる。
その先は、鬱蒼とした木々によって遮られてよく見えない。
昼間こそ神聖で厳かに感じるが、夜だと不気味で怪しげに感じるのは、神社の不思議なところだ。
恥ずかしながら若干の不安を抱きつつ(男のくせに! と言われそうだが、僕は人並の平凡な高校生で、怖いものは怖い)、鳥居をくぐり抜けて参道を進んでいく。
参道は短いもので、すぐに先が見えてきた。
僕の記憶は正しかったようで、やはり拝殿は無い。当然ではあるが、手水舎も社務所も無い。
こぢんまりとした本殿がうっすらと見えてはいるが、はっきりとは見えない。
ここで引き返しても良かったのだけれど、せっかく来たのだから、と僕は目の前の数段しかない階段を上がろうとした。
上がろうと、右足を上げた時だった。
「やあ、青年」
前触れなく、突然、不意に、僕の耳元で女性の声が響いた。




