ゆいデリューション 其ノ玖③
腰が折れるほど腹を抱えて笑っていた媛野だったが、落ち着いたのかようやく体を起こした。
「やっぱり面白い。楽しいな」
「そうですか、そりゃ何よりだ。ディスられた甲斐があったってもんだぜ」
「生きてるって感じがする」
「大袈裟だな。まぁ、とは言え、人生笑ってなんぼだとは思うけどな」
「これが私。私らしい私。はしたなく口を開けて大笑いもするし、笑いを取りにボケたりもするし、下ネタだって全然平気。それが私、媛野唯。どう? 私は古門くんの『しんゆう』になれそうかな?」
前半の今更な自己紹介は脈絡がなさすぎて謎だが、質問はなんてことない。
愚問だ。
しかし媛野、頭がいい割に愚問ばっかだな。
「僕と夫婦漫才出来るぐらいだからな、間違いなく――いや、既に『神友』だな。神に誓ってもいいぜ」
「とても嬉しいんだけど、夫婦っていうのはちょっと気が早すぎる、と言うより早とちりだね。もはや塵だね」
「こらこら、友達をゴミ呼ばわりするんじゃないよ。いきなり友情に罅が入っちゃうぜ?」
「罅が入る隙もないくらいの楽しい日々を過ごそうね、珍友の古門くん」
「罅と日々を掛ける辺りはさすが優等生と言わざるを得ないが、僕をまるで絶滅危惧種の生物みたいに呼ぶな。それに、聞き方によっちゃいかがわしいし危なっかしいからやめとけ」
「いかがわしいと思うのは、古門くんの心がいかがわしいからだと思うけど」
「いかがわしい体なのは媛野だろ」
「そんなことは言ってないし、そもそもいかがわしい体って何? 意味は伝わるけど、使い方としては間違ってるよね」
くっ……。
悔しいが否定できない。
これだから優等生ってやつは。
それにしても、後半から露骨にボケるしツッコむようになったよな、こいつ。
躊躇もなけりゃ遠慮もない。
普段から気の知れた友達相手にはこんな感じなんだろうか?
今までずっと遠くから見ていた身としては、ちょっとイメージが違うんだけど。
良いとか悪いとかじゃなくてな。
まぁ、僕としては面白いからいいんだけど。
「ともあれ、本当に良かった。もっと早く古門くんと話していればって思っちゃうけど、でも同時に、遅すぎるってこともないと思う自分もいて。まぁ、一年生の時も同じクラスだったから、ちょっと遅いとは思うけどね。だけど、月並みなことを言うけど、こうやって古門くんと話せるようになったのは何がどうあったって今日なんだから、つまりは、今日が最も早い始まりなんだよね」
言わんとすることは分かるが、なんかこう、小難しく考えすぎな気がする。
言ってしまえば、頭でっかちな考え方だ。
回りくどい。
それに、ちょっと未練がましいというか、やっぱりどこかで悔いているような、後ろ髪を引かれているような印象で、最後の一言は特に、無理矢理自己暗示をかけているようだった。
僕としては遅いも何も、人生まだまだ先は長いのだから、一年なんて誤差でしかないだろうし、もし仮にその一年が遅れなのだとしても、いくらでも取り返しがつくと思うんだけど。
正直、何をそんなにくよくよ悔いてんだ? って感じだ。
「媛野」
「なに?」
「僕は正直、お前が何をそんなに悔やんでるのか分からないんだけど、もし『一年の時から話していれば』みたいなことなんだったら、その後悔は無駄、というか不要だろ。お前は頭がいいんだから、もっと柔らかく使えよ。
いいか、時間は巻き戻せないから失ったという表現が正しいし、実際にそう感じる。でもな、友情は失ったわけじゃない。だってそうだろ? 一年前にはまだ、僕たちの関係は始まってないんだから。失ってもいないものをあたかも失ったように考えるのは、とんでもない勘違い、妄想の類だ。妄想のプロが言うんだから、間違いねーよ」
ふっ、と媛野が鼻で笑った。
「なにそれ。そんなプロフェッショナル聞いたことないし、せっかくいいこと言ったのに台無しだよ。それにやっぱり、スタートは早いに――」
皆まで言うな、という意を込めて僕は右手を突き出して、媛野の言を制した。
「そう言うだろうとは思ったけどさ、スタートは早ければ早いほどいいってのは大概、エンドが決まってて期間が限られてるやつの話なんだよ。受験勉強とか、高校最後の部活動の大会とかな。でも友達になるのも友情を深めるのも期間なんてない。あるとすれば命尽きるまでなんだから、実質ないだろ。ましてや競争でもないんだ、遅いも早いもないんだよ。
それでもなお、これだけ言ってもまだ、お前が今日までの一年をロスだと思うなら、思えばこそ、そのロスなんか忘れちまうくらい、帳消しになるくらい、追い越しちまうくらい、これから僕と遊びまくって最高に楽しめばいいだけの話だろ!」
僕は言った。
言ってやった。
思いの丈を、思いのままに。
これでもかってくらい、言ってやった。
多分、軽く見積もっても、三日分くらいは喋ったと思う。
僕は若干呼吸が荒くなっていた。
「……凄いね、古門くん」
と媛野は、僕とは対照的に静かな声で言った。
僕は別に凄くはないし、凄いことを言ったつもりもない。
凄いと言うのなら、頭脳も容姿も凄いのは媛野の方だというのに。
誰がどう見ても、媛野の方が凄いのに。
そんな媛野が、僕のことを凄いと言った。
人生、何があるか分からないもんだな。
「本当にその通りだと思う。すごいモヤモヤしてたけど、答えが分かっちゃうと、私すごくしょうもないことで悩んでたんだね」
「あぁ、全くだ。今日までの一年よりも、今日の数分の問答の方がよっぽどロスだぜ」
「ふふっ、ほんとだね。お恥ずかしい限りだよ。でも、ありがとう。もう大丈夫」
媛野が僕の目を見つめる。
その目はもう、揺らいでいない。
「これからもよろしくね、『神友』の古門くん」
「こちらこそよろしく、『神友』の媛野」
媛野は笑った。
その笑顔はまるで、憑き物が取れたような、爽やかな笑顔だった。




