ゆいデリューション 其ノ玖②
まさか今ここで言われるとは思っていなかったのだけれど、言ってくれるのであれば僕としては是非もない。
媛野の力になれることが少しでもあると信じて、僕は媛野の声に耳を傾けるだけだ。
「何でも、いくらでも、いつまでも、聞くよ」
媛野は目を閉じた。
眉間に皺を作りながら、強く閉じていた。
それはまるで、何かに耐えるようだった。
それから媛野は訥々と、零れるように、言った。
「……辛い。苦しい。痛い。もうやめたい。なのにやめられない。体が、心が言うことを聞いてくれない。気づけば無意識にやってしまう。まるで反射みたいに反応してしまう。それは私じゃない。私は私でいたいのに、思えば思うほど私じゃなくなって。本当の私はどこにもいない。……あぁ、もう嫌だ。そんな私も、こんな私も。もう、疲れた」
独白のような媛野の心の叫びは少し、支離滅裂で、取り留めがなくて、媛野が何に苦悩しているのか、具体的なことは分からなかった。
才色兼備の優等生である媛野唯が、弱音を吐くなんて。
ハイスペックを駆使して順風満帆な人生を歩んでいるはずの媛野唯でさえ、懊悩することがあるなんて。
そんな衝撃を受けつつも、どこか得心している僕もいた。
媛野らしからぬ振る舞いで、普段大人びて見える媛野が、年相応の女の子に見えて。
媛野も人並に悩みを抱えた、一介の女子高生なのだと思って。
「だから、お願い」
俯いていた彼女が顔を上げる。
その瞳は潤んでいた。
泣くまいと、涙は零すまいと、必死に堪えるような表情で、媛野は言った。
「……助けて」
「分かった。僕は、何をすればいい?」
「友達になって欲しい」
「え……?」
友達?
媛野は今、友達って言ったよな?
そんなことでいいのか?
そんなことで、媛野は救われるのか?
しかも、僕でいいのか?
合っているのか?
大丈夫なのか?
自分で言うのもなんだけど、僕だぞ?
もっと適任がいると思うんだけど。
ってかそもそも、僕なんかを友達にしなくとも、友達なんかわんさか、それこそ山のようにいるだろうに。
なんでわざわざ、僕なんだ?
というかなり自虐的な疑問が湯水の如く湧いて、僕は二の句が継げずにいた。
それを知ってか知らずか――いや、知っているわけがないし知っていたら怖いので、単に固まっている僕を正気に戻すためだと思うが、媛野は同じ言葉を告げた。
「私と、友達になって欲しい」
「あ、えっと、うん。それは全然構わないっていうか、むしろ喜んでって感じなんだけど、それでいいのか? そんなんで、媛野は助かるのか?」
「うん、助かるよ。でも、ただの友達じゃないからね。『しんゆう』だから」
「親友?」
「そう。『新友』であり『信友』であり『心友』であり『親友』であり『真友』であって、『神友』だから」
おぉ。
こう言われると、『しんゆう』っていうのは結構あるんだな。
しかし最後のはちょっと……。
「……概ね問題ないと思うんだけど、『神友』ってのは、媛野には似つかわしくない言い回しだな」
「そう? どうして?」
「クサイっていうか、その……、有り体に言うと、中二っぽい」
「中二っぽい? それなら年は三つしか変わらないんだし、ジェネレーションギャップもないんだから、似つかわしくないというのは大袈裟だと思うけど」
確かに年齢は三つしか変わらないが、それは『四十五歳と四十二歳なんて変わらないよ』みたいな、大人目線での『三つ』だろ。中二と高二じゃえらい違いだぞ。
っていうか、こいつは絶対――。
「中二の意味、分かって言ってるだろ」
「分かって言ってるよ」
だろうな。
『中二』の意味を知らない学生なんていないだろうし。
「じゃあなんだ? ボケたってことか?」
「そうだよ。『すっとぼけ』ならぬ、すっとボケ」
「らしくないな」
「そうだね。だからだよ」
「ん?」
だから?
何が『だから』なんだ?
「だから古門くんは、私の『しんゆう』に相応しいの」
急に脈絡のないことを言いだしたので何かと思っていたのだけれど、最後まで聞いても、僕の頭の中は『?』だった。
媛野の言う『だから』は、一体何に掛かっているのか。
なぜ僕は媛野の友人として相応しいのだろう?
僕のどこが相応しいのだろう?
分からない。
全然分からない。
分からないが、分からないなりに、一つだけ分かることはあった。
媛野は僕に分からないようあえてぼかして言っているのだろうから、そこを追究しようとするのは野暮だということだ。
「『童貞』が恥ずべきことだと思ってる『中二』っぽい古門くんにこそ、相応しい」
「おい。急にディスんなよ。せっかく僕が紳士っぽい感じだったのに台無しじゃねーか」
「ん? 古門くんは真摯だけど、紳士ではないと思うよ。だってそうでしょ? 紳士は女の子の胸ばっかり見たりしないもの」
「ぬぁっ……、いや、別に、そんな、ばっかりということは、ないと思いますけど?」
「あ、そっか、他にも見てるもんね。脚とかお尻とか」
むむぅ……。
返す言葉もない。
「ほら、不紳士――いや、不審者だよ」
「不審者は言いすぎだろ。それなら男子生徒全員が不審者に――」
「ふふっ……あは、あはは――」
媛野が笑った。
それは、普段学校で目にしているようなものではなく。
作ったような、いわば営業スマイルのような、表面上のものではなく。
心から笑っているのが伝わる、開放的な、開けっ広げな、哄笑だった。
大笑いだった。
そんな媛野を見るのは初めてで、僕は唖然としていた。
でも失望したとか幻滅したとか、そういうことでは断じて、ない。
むしろ、苦しいと、辛いと、痛いと言った媛野が笑えていることに安心したし、嬉しかった。
そして包み隠すことなく大笑いする姿こそが、本来の、高校二年生の、媛野の姿のような気がした。




