ゆいデリューション 其ノ玖①
僕は全力で謝罪することで、どうにか媛野の前言を撤回することが出来た。
つまり。
要するに。
僕たちは今、静かな深夜の道を男女二人で歩いている。
しかし僕は二の轍を踏まない男。
間違ってもデートなどと勘違いしたりはしない。
悪魔の囁きが聞こえてくるけれど、あくまでも僕は警護という任務中。
悪魔的な媛野の体を妄想して、うっかり媛野を危険な目にでも合わせてしまっては、目も当てられない。
「古門くん」
「はいっ!」
タイミングが良いのか悪いのか、まぁどっちでもあるのだが、ジャストタイミングで呼ばれたせいで、後ろ暗さからつい威勢のいい返事をしてしまった。
「今日は、ありがとう」
「なんで媛野が礼を言うんだよ。僕たちが呼んだんだから、礼を言うのはむしろこっちじゃないか?」
「それはそうなんだけど、それはそれとして、だよ。私が感謝してるんだから、お礼を言うのは間違ってないの」
「まぁ、それはそうだな。何に感謝されてるのかは、全く分かんないけど」
ふふ、と媛野は笑ったのだが、笑うだけで何も言わなかった。
どうやら答えるつもりはないらしい。
それからしばらくの間、媛野は口を閉じていた。
何か話題を提供した方がいいかとは思ったのだけれど、やや伏し目で歩く媛野の横顔を見ると、何となく媛野はそれを望んでいないような気がしたので、僕も黙々と歩いた。
僕のスニーカーと媛野のスニーカー、路面に触れるその音だけが響く。
意外と、気まずい、とは思わなかった。
行きは鳥居から本殿までというあの超短距離でもどぎまぎしたというのに、僕の中で何が起きたというのだろう。
ただの慣れだろうか。
でも慣れにしては、媛野と共に過ごした時間は短いような気がするんだけど。
「古門くん」
久々に媛野が口を開いて僕を呼んだので、僕は媛野の方を見た。
目と目が合って、僕は思わず足を止めてしまう。
媛野の目は揺らいでいた。
心細そうに、心許なげに。
何が不安なのか。
何が心配なのか。
二人並んで静かに歩いていた間、媛野は何を思い、何を考えていたのだろうか。
分からない。
分からないがゆえに。
僕の声は自然と、おずおずとしたものになる。
「どうした?」
「さっき私が『犯人は更生できるか?』って聞いた時、古門くんは『手を貸す』って言ってたけど、それは本当?」
「本当だ」
僕は言下に答えた。
即答した。
考える必要も迷う必要もなかった。
媛野に何を言われるかと内心怯えていたのが馬鹿らしいほどに、それは愚問だった。
「犯人が望むなら、僕でいいのなら、僕は喜んでこの手を差し伸べる。手だけじゃない。足だって、頭だって、体だって、貸してやる。必要なら命だって懸けてやる。それぐらい本当で、本気だ」
命を懸けるなんて大袈裟な、と鼻で笑うやつがいるかもしれないが、大袈裟に言ってるわけじゃない。
僕は本気でそう思っている。
あの日、魅子に助けてもらっていなければ――。
僕は、死んでいた。
両親がいるから食いっぱぐれることはないし、生物的には生きていただろうけれど。
だから、正確を期すなら。
社会的に死んでいた。
運良く助けられたのだから、僕の運が普通以下だったら、死んでいたのだ。
だから僕は一度死んでいて、今生きていられるのは、人生の延長戦みたいなものだと思っている。
昔の野球みたいに、決着がつくまで終わらない延長戦を、今僕は生きている。
だから今の僕の命は有って無いようなもので、かと言って粗末に扱っているわけでもなくて、どうせなら、せっかくなら、誰かの命のために使いたいと、そう思っている。
「望むのが私だったとしても?」
「もちろん」
媛野なら尚更だ。
媛野は僕にとって、高校で初めての知人なのだから。
「そっか。カッコいいね。冗談抜きで、カッコいい」
媛野はいつも通りの穏やかな、しかしどこか安堵しているような表情でそう言った。
茶化している雰囲気は全くなかった。
僕もこの時ばかりは正義モードがオンになっていて、茶化そうという考えにはまるで至らなかった。
「言えよ」
「ん? 何を?」
「苦しい時は苦しいって言え。辛い時は辛いって言え。痛いなら痛いって言え。助けて欲しいなら助けてって、叫べ。媛野が望むなら、僕はどこにいたって駆けつける。僕じゃ役立たずだって言うなら、魅子がいる。あいつだって助けてくれる。だから、迷わず、躊躇わず、僕や魅子に言え」
「……ありがとう」
媛野は礼を言った後、僕から目を逸らした。
それから何かを考えるような間をおいて、媛野は再び僕の目を見た。
「言うね。……今から、言うよ」
え、今から?




