ゆいデリューション 其ノ捌②
二度目の咳払いをした魅子は、ようやく本題に入った。
「お主、最近噂になっておる猫の大量死の話は知っておるの?」
「はい、この町の住人としての人並程度ですけれど」
「それで良い。お主はこの事件についてどう思っておるのじゃ?」
「……五百城さんの求めていらっしゃる回答かどうかは分かりませんけれど、凄惨で痛ましい、許されざる行為……だと思います」
「そうじゃの。儂もそう思う。卑劣で下劣で愚劣な蛮行、心のない人でなしの所業じゃ。もしかしたら犯人は、人であるために必要不可欠なネジが何本か飛んでおるのかもしれんの」
「そうかもしれませんね」
「犯人は今もなお犯行を続けておるようじゃが、生物の命を奪うというのは、そんなにも愉悦を感じるものなんじゃろうか?」
「……さぁ、どうなんでしょうか。私にはよく分かりませんけれど」
「それとも生殺与奪の権を握っておるという優越感が堪らんのかの?」
「……分かりません」
「そうか。優等生であるお主を以てしても分からんか」
そりゃそうだろう。
優等生だからといって何でも分かるわけではない。
ましてや常軌を逸した犯人の感情など分かるはずがない。
しかし魅子は、犯人の感情を知ってどうするというのだろう。
そんなものを知ったところで、どうにもならないと思うのだが。
「まぁ、あれよの。趣味は人それぞれじゃし、人が好きでやっとるんじゃから、そこにとやかく口を出すような無粋な真似をするつもりはないんじゃが、しかし、感心はせんの。むやみやたらに、みだりに命を奪うというのは、道理に反しておる」
「そうですね」
「もっと他にいい趣味があると思うんじゃけどの。この世はこんなにも面白いことで溢れておるというのに。例えばそうじゃの……あ、競輪場とか競馬場は面白いの。投票券を外して地面に疼くまって悶絶しておるじじいがたまにおるが、あれは滑稽じゃぞ。爆笑じゃ」
それは本来の楽しみ方ではないと思うのだが。
まぁ、確かに滑稽ではある。
公営競技の名物みたいなものかもしれない。
「それでもないと言うなら、一緒に探してやるんじゃけどの。それこそ、そこの木偶でも貸してやると言うのに」
魅子が僕を指差している。
「おい。僕は人形ではないし、お前のおもちゃでもないぞ。役立たずという意味なら、まぁそうかもしれないけど、手ぐらい貸すのはやぶさかじゃないな」
もっとも、ないに等しい可能性を引き当てて犯人に会えたら、の話だけどな。
もっと言えば、犯人に罪の意識があって反省していれば、の話だけどな。
「犯人は――」
媛野が徐に口を開いた。
その声はなぜか小さく、今にも消え入りそうな、呟きのようでもあった。
「犯人は、更生出来ると思いますか?」
「本人が望むのならの。少なくとも、その機会は皆に等しく与えられておると儂は思う。貴様はどう思う?」
「え?」
「え? ではないわ、この木偶が」
「いや、だって、まさかその流れで僕に振られるとは思わないだろ。急に振られても答えられないよ」
「何を言うとるんじゃ貴様は。貴様が女子に振られる以外の可能性などあるわけなかろう。向かうところ敵だらけの全戦全敗じゃ。貴様は人間界のハルウララ的存在として、儂の寵愛を受けるのが関の山じゃ」
向かうところ敵だらけて。
全戦全敗て。
僕まだ一回も戦ったことないんだけど、戦う前から負け確してんじゃん。
既に敗残兵じゃん。
戦意喪失どころか生意喪失しちゃうよ。
あ、でも自他共に認める豊満な成人女性の寵愛を受けられるらしいから、それはそれで意外と悪くないのかもしれない。
あんなことやこんなこと――まではいかずとも、お触りぐらいはさせてもらえそうだよな。
……それでいいのか? 僕よ。
んー、よく分からなくなってきた。
「で、貴様よ。どう思うんじゃ?」
「え、あぁ、お前に愛されるなら、それはそれで悪くないかもしれん」
「いや、そっちの話ではない」
「あれ?」
「犯人が更生できるかどうかの方じゃ」
答えなくていい方をあえて答えちゃったよ。
恥ずかしー。
まぁでも、恋心を赤裸々に語っちゃったとかではないから、別に大したことはないんだけど。
赤裸々と聞くと僕は、サンリオのリトルツインスターズ――『キキララ』が思い浮かんでくるんだけど、僕の中での漢字表記は赤裸々に引っ張られちゃって『喜々裸々』なんだよな。
喜々裸々――喜々として丸裸。
やべー。
超やばい。
変態だ。
変人だ。
露出狂だ。
これじゃ、リトルツインモンスターズだよ。
子供たちギャン泣きだよ。
「……えっちね――じゃなかった、そっちね」
いかんいかん。
つい丸裸に気を取られてしまった。
「お前と同意見だよ。本人に更生の意思があれば更生出来るし、助けが必要なら僕は喜んで手を貸す。そいつを心の闇から引きずり出してやる」
これは僕の本心。
偽らざる本心だ。
僕も男だからあまり言いたくはないのだけれど、直近の一年は、結構しんどかった。
肉体的にも、精神的にも。
両親と妹はいたけれど、それが生命線だったので感謝しているけれど、家族と過ごす時間というのは、意外と短い。
平日なら約五時間ほどだ。
逆にその倍――十時間以上は学校にいるわけで、その間、僕はずっと一人だった。
孤独だった。
犯人が今孤独なのかは分からない。
抱えている心の闇がどんなものなのかも知らない。
でも僕は、苦しみの辛さは知っている。
しんどいことを知っている。
そして何より――。
助けてほしいと、心の中で叫び続けていることを――知っている。
そして僕は助けられた。
助けてくれた。
あの時の感動を、僕は一生忘れない。
魅子に会えたのは紛れもなく偶然で、魅子が僕を助けてくれたのは気まぐれだったかもしれない。
僕が助かったのは、運が良かった。
幸運だった。
ただそれだけなのかもしれない。
だから。
だからこそ。
もし僕が、過去の僕と同じように苦しみを抱えている人に出会ったなら。
その時は――
英雄なんて言うと甚だ仰々しくておこがましいけれど、でもせめて気位は英雄気取りで。
――その時は、迷うことなく手を差し伸べられる人でありたい。
「だそうだ、お主よ。お主の求める回答になっておったかの?」
「はい、とても。もう心配はいらないのかもしれませんね」
「そうじゃの。儂もそう思うておったところじゃ。安心安心アンシーン、なんての」
はは、と軽快に笑う魅子。
それとは対照的に、頭を下げる媛野。
そして、ポツンと一人取り残された僕。
待って待って。
全く、これぽっちも状況が掴めてないんですけど。
もう心配はいらない?
安心安心アンシーン?
どゆこと?
なんか勝手に女子二人で通じ合っちゃってて、聞こうにも聞きづらいんですけど。
まぁ、二人が分かってるなら、とりあえずいいか。
「では私、そろそろ帰りますね」
「そうか。じゃったら、警護代わりにこの木偶を連れていくが良い。盾ぐらいには使えるじゃろ」
「いつまで僕を木偶呼ばわりするんだ。そろそろ戻せよ」
「古門くん、お願いしてもいいかな?」
「願ってもないことでございます。門前どころか、寝室までお伴いたします」
「じゃあ、鳥居までで結構です」
媛野は冷たい、と言うより無感情な声音でそう言った。




