ゆいデリューション 其ノ捌①
媛野との交渉はあっさりと成立した。
考えてみれば、深夜に予定が入っている人の方が少ないわけで、それが高校生ともなれば尚更なわけで、唯一の問題と言えば、親の監視の目をどうくぐり抜けるかということだろう。
媛野が普段その辺りをどうしているのかは知らないし、わざわざ聞くことでもないので聞いてはいないのだが、とにかく媛野はその問題をクリア出来るようだった。
僕にとってはありがたい話だし、媛野にとっても良いことではあると思うのだけれど、この見目麗しい女子高生の娘を深夜に送り出せる、ご両親の度量というのは相当なものだと思う。
もちろん何のお咎めもなくということはないだろう、小言の一つや二つは言っているのかもしれないが、それでも最後には許可を出しているのだから寛容と言えよう。
などと、会ったことも見たこともない、もっと言えばご存命なのかさえ知らない(ご存命だろうけど)媛野の両親に感銘を受けている僕だけれど、さも当たり前のように媛野が親に許可を得ているように話を進めているのだけれど、実際のところは――さっきも言ったけれど、知らない。
もしかしたら、両親が放任主義で媛野は深夜であろうと気兼ねなく外出できるのかもしれないし、親の許可が下りないことが目に見えているから、二階の自室からロープを垂らしてコソコソと外出している可能性だってある。
可能性なのだから、ある。
媛野が裸族だって可能性もあるし。
裸でエプロンしている可能性もあるし。
深夜の自室で全裸になってXJAPANの『紅』を熱唱している可能性もある。
可能性は、可能性。
可能性は無限大だ。
可能性という言葉で体よく装飾した、ただの妄想はさておき。
僕が感銘を受けた空想上の媛野のご両親はさておき。
とにかく。
僕は媛野との約束を取り付けることに成功した。
そうして迎えた金曜日。
僕は神社跡の手前にある鳥居のそばに立っている。
僕は前回の失敗を活かし、媛野と待ち合わせをすることにしたのだった。
それは待ち合わせではなくて、結局のところ現地集合ではないのかと僕を揶揄する声が聞こえてくるが、どうかご寛恕いただきたい。
人間、一足飛びには成長できないのだ。
何事も段階を踏んで、一段ずつ、コツコツと、である。
「古門くん、お待たせ」
媛野が小さく手を振りながら、僕に声を掛ける。
「おう」とだけ言って、僕も手を挙げた。
「待った?」
「いや、全然。さっき来たとこ、ろ……?」
あれ、何だこれ。めちゃくちゃデートっぽい。
デートっぽいぞ!
何だこの抑えられない感覚は。
ドキドキというか、何かこう、ムズムズする!
それに、ちょっと照れくさいな!
「ん? 違うの?」
「いやいや、違くない違くない」
「そう? じゃ、行こっか」
媛野に促されるようにして、僕たちは魅子がいつもいる本殿へと向かった。
その道中、僕は先刻の致し方無い勘違いによってどぎまぎしていたのだけれど、何のことはなかった。
何もなかった。
会話もなかった。
安堵しているのやら悲しいのやらよく分からない感情を抱きながら、僕は魅子を視界に捉える。
本殿に凭れかかるようにして立っていた魅子は、まだ少し遠い位置にいる僕たちを視認すると手を挙げた。
「おう、来たか」
会話するには距離が離れているので、僕はそれに手を挙げるだけで応えた。
声を張らなくても会話できる距離になったところで、僕は口を開く。
「約束通り媛野を連れてきたぜ」
「こんばんは、五百城さん」
「よう来てくれたの、お主。悪いが少し手を貸してくれ」
「お力になれるかどうかは分かりませんが、お役に立てるよう努めます」
「では早速じゃが――」
魅子は、本題に入るとばかりに咳払いをしてから言った。
「お主は、処女かの?」
おい。
その件は前回もしただろ。もういいって。
媛野は当然口を開かない。
うん、それでいい。開く必要はない。
「……お前、どんだけ媛野の貞操が気になるんだよ」
「ただのジョークじゃ。答えてもらおうなどとは思うておらん。まぁ気にはなるがの。滝川クリステルの夜の『お・も・て・な・し』がどんなものなのか、くらいは気になるがの」
うるせーよ。
ってか、そんなもん気にならねーよ。
「じゃが、『お・も・て・な・し』もやりすぎは良くないぞ。やりすぎると『ご・ほ・う・し』になってしまうしの」
「だまれーーーー!!」
「しかし儂、未だに滝川クリステルとホラン千秋の区別がつかんのじゃけど」
知るか。
アイドルグループを見た時に『どれも同じ顔に見える』って言う老人みたいなこと言ってんじゃねーよ。
お前まだそんな年じゃねーだろ。
「早よ本題に入れ。媛野が置いてけぼり食らってる」
「あはは……、ちょっとついていけなかったよ」
「仕方ないの。そろそろ始めるか」
そう言ってから、魅子はまたしても咳払いするのだった。




