あかつきエレファント 其ノ終
翌朝(帰宅した時には日付が替わっていたので、正確にはその日の朝)というか昼。
十一時過ぎ、月曜日、祝日。
僕は目覚めとともに愕然とした。
――祝日であることを忘れてのことではない。
「軽っ!」
僕はベッドから跳ね起きて、腕をぶんぶん振り回し、垂直跳びを繰り返した。
肩が取れそうなくらい、体が宙に浮いてしまいそうなくらい――感覚としてはそのくらい、体が軽く感じた。
ダルさもさっぱりと消えていた。
どうやら本当に僕は霊に取り憑かれていて、魅子の除霊は成功していたようだ。
魅子との約束通り、僕は七日間通い続け霊を祓ってもらえたので、もう神社跡に行く必要はなくなった。
けれど一週間も続けていると、それをやめてしまうことに何となく抵抗感があるというか、気持ち悪さを感じて――いや、これは言い訳だ。照れ隠しだ。
僕は感動した。
感激した。
感謝した。
この気持ちを――感謝を直接伝えたいと思った。
そして夜、僕はこれまでの七日間と同じように神社跡に向かった。
この時僕は、神社跡に魅子が来ていないという可能性は全く考えていなかった。
今思えばその可能性は十分にあったのだけれど、結果として考える必要はなかった。
魅子はいた。
プリン頭で白衣に緋袴姿の美女が一人、崩壊寸前のような本殿に凭れかかっていた。
「なんじゃ貴様、今日も来たのか」
「何というか、習慣になりつつあるみたいで、な」
「そうか。まぁ、好きにせい。……じゃが、まぁこれも縁というやつじゃ、たまには顔を見せに来い」
「それはいいけど……」
「具体的には、一週間に一回くらいかの」
えらい具体的だな。
まぁほぼ毎日散歩する僕としては、そこまで負担ではないからいいけどさ。
「……それもまぁいいんだけど、魅子がいなかったら話にならないよな? せめて連絡先でも交換しておいた方がいいんじゃないか?」
「今の聞き出し方はかなり自然じゃったの。もしや貴様、ナンパに慣れておるのか? 百戦錬磨なのか? 打率はゼロ割みたいじゃが」
「ナンパなんかしたことねーよ。お前が一週間に一回は顔見せろって言うから、単純に気掛かりだっただけだよ。……で、どうなんだよ」
「交換も何も、儂は連絡先がないからの。ここで待つしかないんじゃ」
「ないって何だよ。スマホはどうした?」
「スマホなんぞ持っておらん」
「そんな分かりやすい嘘つくなよ。交換したくないならそう言え。別に僕はそんなことで傷ついたりしないから」
全くかと言われれば嘘になるけど。
「そんなしょうもない嘘なんかつかんわ。本当に持っとらん」
「マジかよ」
「マジマジ、大マジ、マジ卍じゃ」
社会人でスマホ持ってないって、有り得るのか?
日常生活どうしてんだよ。
そりゃ食って寝ての生命活動は出来ると思うけど、不便すぎるだろ。
仕事とか大丈夫なんだろうか?
マジで謎だよ、こいつ。
「……じゃあたまに顔は出すけど、会えなくても文句言うなよ」
「その心配はいらん。儂はいつでもここにおるからの」
雨の日も雪の日も台風の日もいるのかよ――とか突っ込みたくなるけど、もうめんどくさくなってきた。
どうせこいつは、『嘘なんかついとらん』って言うんだろうし。
そもそも、天気が悪い日は僕が外に出ないし。
魅子がスマホを持っていないという俄かには信じ難い新情報を得てからは、普段通りだった。
コンビニに行って(今日は饅頭をご所望だった)、しょうもない雑談をした。
帰る段になって、ようやく僕は今日の目的を果たすことができた。
「魅子、除霊の件は助かったよ。本当にありがとう」
僕は深々と頭を下げる。
「なんじゃ急に改まって。そんなにしかつめらしくされると照れるじゃろ。良いと言うとるんじゃ、やめいやめい」
僕が顔を上げると、魅子の顔が少し赤くなっていた。
そういうところは意外で、可愛らしい。
「貴様、約束を忘れるでないぞ」
「分かってるって。一週間に一回くらいは会いに来るよ」
「いや違う、そっちじゃない。あ、それはそれで守って欲しいんじゃがの。儂が言うておるのは、『血塗れナイフ』の方じゃ」
血塗れナイフて。
パワーワードすぎるよ。
「……媛野の方ね。それも分かってるよ。調整出来たら教える」
「頼むぞ。……じゃあ、またの」
「うん、また」
魅子に別れを告げて、僕は彼女に背を向け歩き出す。
鳥居をくぐったところでふと空を見上げると、満天の星々が空に輝いていた。
田舎なので特段珍しいものではない。
それゆえに、意識して星を見たのは久々のことだと気づいた。
けれど、それでも別に感動とかはなく、『星がよく見えるな』というあっさりどころか無味な感想しか抱かなかった。
感情とか情緒というものはないのか――と言われそうだが、田舎者から言わせてもらえば、これが普通である。
遠くから犬の鳴き声が聞こえてくる。
その鳴き声に混じって象の鳴き声が――まぁ、聞こえるはずもない。




