あかつきエレファント 其ノ捌③
あれは卒業を間近に控えた中学三年の冬。
僕は一人の女の子に告白された。
その女の子の名前はプライバシーやら個人情報やらの関係もあるから、仮称として『その子』と呼ばせてもらう(蘭姉ちゃんの友達と同名って意味じゃないからね!)。
その子が僕に好意を寄せていることを、僕は告白される以前より知っていた。
そして、僕以外の生徒も知っていた。
感覚で言えば、僕のクラスだと半分くらいは知っていた。
人の口に戸は立てられぬとは言うけれど、こと情事に関しては別格というか段違いに広まってしまう。
女子って恋バナ好きだもんな。
御多分に漏れず、その子もその憂き目に遭ってしまったというわけだ。
中学三年にもなれば、そういう手の話は秘密の契りなど合ってないようなものであり、反故にされるまでがワンセットであるということは、分かっていただろうに。
それでもなお、真剣に悩んでいて、あるいは歓談のネタとして、他人に打ち明けてしまったのだから、自業自得――は言いすぎかもしれないが、自分が蒔いた種の結果――悪果として甘受せざるを得ない。
周囲に囃し立てられ、または卒業という一つの区切りに急き立てられてか、その子は蒔いた種を刈り取るが如く、僕を放課後に呼び出した。
そして僕は告げられる。
『好きです、付き合ってください』――と。
情緒も風情もあったものではないけれど、結論から言うと僕は断った。
僕は彼女に対して、異性としての好意を抱くということはなかった。
彼女が僕のことを好きらしい、という情報を知ってもそれは変わらなかった。
好きでなくとも付き合ってみるという選択肢があることを僕は知っていたけれど、告白されたのがもっと前ならあるいは――その選択もありだとは思ったけれど、僕とその子は進学先、通う高校が違った。
高校が違うだけで家は変わらないのだから遠距離恋愛にはならないのだが、僕はそれが嫌だったし、僕の心は既に高校に向いていて、『高校で新しい出会いがあるだろうに、なんでわざわざ』という思いが強かった。
ゆえに、やはり、どうしようもなく、僕は彼女の想いに答えることはできなかった。
「ふーん。貴様に好意を抱くような物好きもおるもんじゃの。蓼食う虫も好き好きと言うやつか」
「せっかくのしんみりとしたいい雰囲気が台無しだよ。それにこの際僕はいいとして、その子を貶すのはやめろよ。虫扱いされちゃってるし」
「そんなつもりはなかったんじゃが、確かにそう受け取れんこともないの。じゃあ、謝ります」
やけに素直だな。
「どうもすいませんでした」
魅子はふてぶてしい顔で、謝罪も反省の色もまるでない表情で、そう言った。
「謝る気ねーだろ!」
あー、懐かしい。
いたよね、こういう鉄板ネタの芸人。
僕、結構好きだったんだよなー。
え? なになに?
今の高校生が知ってるはずないって? 懐かしむのはおかしいって?
そんなものは設定でどうにでもなるんだよ。
親がお笑い好きで小さい頃によく一緒に観てた、とかね。
ちなみに、まだコンビ名を思い出せていない人のために言うと、この鉄板ネタは『響』がやってたやつね。
「冗談はさておき、時期的に考えてそやつが犯人じゃろうな。と言うても、そやつに自覚はないじゃろうがの」
「そうなのか?」
「そうじゃ。経緯は儂らの知るところではないが、そやつの愛が憎悪に変化した。そこまではそやつの感情じゃから自覚もくそもないんじゃが、感情から霊への変容は本人の意志でどうこう出来るものじゃないんじゃ。生霊と言えばイメージしやすいかの」
「何となくだけど分かった」
つまり、僕はその子の告白を断った後、全く自覚はないけれど恨みを買うようなことをしてしまったことで、その子の愛が憎悪に、憎悪が象の霊となって害をなそうと僕に取り憑いた――ということか。
しかし本当に、恨みはどこで買うか分かったものじゃないな。
マジで自覚ないんだよなー。
これって多分、『いじめの加害者と被害者』と同じなんだろうな。
――やった方は憶えてないけど、された方は一生憶えてるってやつ。
あれから一年以上は経ってるし時効だと思うけど、何をしでかしたのかも分かってないけど、一応謝っておくか。
どうもすいませんでした。
言っておくけど、ちゃんと謝ったからね。
誠心誠意、心を込めて謝罪したからね。
断じて変な顔なんかしてないからね!




