あかつきエレファント 其ノ捌②
「象?」
「そうじゃ」
「象って、あの鼻の長い?」
「そうじゃ。母さんも長いの」
「誰が好きなんだっけ?」
「母さんが好きじゃの」
急に童謡の歌詞を引用するなよ。
童謡なんて久々すぎて、あやうくボケ損ねるとこだったぜ。
「……動物の象だってことは分かったけど、象ってめっちゃでかいぞ? 霊のサイズはどうなってたんだ?」
「さすがに実物大というわけではなかったが……二分の一スケールぐらいはあったんじゃないかの」
「でかいな! 元がでかいから、半分って言われてもまだ十分すぎるほどでかいな。それが幽霊よろしく、僕の頭上にでも浮遊してたのか?」
「いや、貴様の肩に乗っておった」
「肩に乗ってた! 嘘だろ! 象って四足歩行だぞ! 二分の一スケールだとしても、僕の肩は狭すぎる!」
「嘘などつかんわ。凄い象じゃったわ。儂はさながら曲芸でも見せられとるようで、毎日面白かったわい」
「いやいや、待ってくれ。仮にだ、仮に、万が一象の霊が僕の肩に乗ってたんだとして、重さはどうなってんだよ。単純に考えれば、体重も二分の一スケールってことになるだろうけど、それじゃ僕は潰れてるよ、圧死してるよ」
「それは……知らん」
魅子はそっぽを向いて、口笛を吹き出した。
――いや、正確には吹こうとしているけれど、音がかすれて吹けていない。
「いや……まぁ、いいけどさ。分からないなら分からないで。今もこうして潰れずに生きてるんだし」
「分からんから儂は訊いたんじゃ。『体が軽くなった感覚はないか』と」
なるほど、そういうことだったのか。
でもやっぱり、改めて確認してみるけど、そこまで軽くなったって感覚はないんだよな。
幽霊だし、重さという概念はないのかもしれないな。
「重さはあるんじゃ」
「は! え! 今、僕の心読んだ? 読んだよな! お前はエスパーか、エスパーなのか!」
「は? 何を言うとるんじゃ貴様は。貴様の考えることなぞ、手に取るように分かるわ」
「そこまで言うなら、今僕が考えてることを言ってみろよ」
「魅子のおっぱいを揉みたい」
思うけど、今は考えてなかった。
単なる偶然だった。
まぁ、そういうこともあるよな。
「……お前がエスパーじゃなくて安心したよ」
「なんじゃ外したか、残念じゃ。エロいことを言えば、大概当たると思っとったんじゃがの。……尻の方じゃったか」
「部位を外したんじゃねーよ! とんだ的外れなんだよ!」
「幽霊とは言っても、重さは間違いなくあるんじゃ。貴様の体の不調と、人が寄り付こうとせん原因は、この象にあるんじゃからな」
象の霊。
それは、元をたどれば『愛』から来ているらしい。
「『愛と憎悪は紙一重』と言うじゃろ。表裏一体――と言っても、一方通行であって不可逆。愛が憎悪にはなっても、憎悪が愛になることはないがの、はは」
つまり、誰かの『愛』が何らかの原因によって『憎悪』に変わり、その強い執念――醜念と言ってもいいかもしれないが、とにかく執念が霊体に変化したということらしい。
『憎』が『象』に。
何とも諧謔的で皮肉な話である。
「そういえば貴様、体の不調はいつからだったんじゃ?」
「正確には憶えてないけど、高校に入学した頃には不調が続いてたと思う」
「じゃあ、それより前で考えたので良いじゃろ。貴様、女子に告られたとか、そういう愛だの恋だのに関する出来事はなかったかの? ……ないじゃろの。貴様、縁遠そうじゃし」
「結論がはえーよ。まだ僕、何も言ってねーじゃねーか」
「なんじゃ、あったとでも言うのか?」
「……まぁ、あれを告白の内に入れていいのかは分からないけど、あるにはあったな」
魅子も含めて僕が色恋に縁がなさそうだと思われているようなので、再三にわたって言わせてもらうけれど、中学時代は本当にカースト上位だった。
勉強も運動もできたし、友達だって普通にいた。
だから今からする話は、今となっては過去の栄光とも言える実話だ。




