あかつきエレファント 其ノ漆②
友達がいない僕だけど、媛野のことは知っている。
彼女は僕の同級生でありクラスメートだ。
それだけなら間違いなく知らないどころか憶えてもいないのだけれど(つい最近二年に進級し、クラス替えが行われたので尚更)、そんな僕が彼女のことを認知するほど、彼女には特徴がある。
まず頭がいい。成績優秀だ。
同学年約三百人のうち何番目に頭がいいのかまでは知らないが、噂では一桁順位だとか。
友達のいない僕が耳にした根も葉もない情報なので、眉唾かもしれないけど。
とは言え火のない所に煙は立たぬと言うから、やはりそれくらい優秀なのだろうという目算は立つ。
三桁どころか後ろから数えた方が断然早い僕からしてみれば、雲の上の人のようである。
加えて顔がいい。
童顔――とまではいかないけれど、かわいい顔立ちをしているのだが、一方で自身の聡明さによって大人びた雰囲気も纏っており、結果として美しさとかわいさを両立させた見事なハイブリッドフェイスなのである。
男子生徒一同、脱帽。
そんなわけで、僕が媛野の名前を知っているのは当然として、媛野が僕の名前を知っているのは意外だった。
「こんなところで会うなんて、奇遇だね。」
媛野は微笑みながら、すっと両手を後ろにやった。
恐らく意図的に。
明確に目的を持って。
まるで『それ』を隠すかのように。
けれど僕は『それ』を目にしてしまっているので、その目論見は外れたということになる。
媛野が右手に持っていた――握っていた『それ』は、刃物だった。
サイズ的には、サバイバルナイフだろう。
『成績優秀な女子高生』が『深夜』に『ナイフ』を持って歩いている。
これだけでも十分すぎるほどに、異様で異質。
しかし、それだけに留まらなかった。
媛野が後ろに手をやるその一瞬の動作、遠くにある街灯の光を淡く反射したナイフは、銀色に混じって赤黒く輝いていた。
血液。
それは、体内にあるものであって、何も無いのに体外で付着するものではない。
不審は不信へと変わる。
決定的に。
不可逆的に。
そして僕は思い出す。
媛野が顔を上げる前、それは僕が媛野に気づいてからほんの僅かな時間だったけれど、暗いし媛野は下を向いていたから断定は出来ないけれど。
媛野は、ナイフを見つめて笑っていたのではないだろうか。
僕は全身が総毛立つのを感じた。
「……お、おう。そうだな」
「こんな時間にどうしたの? 警察に見つかったら補導されちゃうよ?」
「それはお互い様だと思うんだけど……」
媛野は補導じゃ済まないんじゃないかと思うんだけど。
「ふふ、そうだね。我ながらいいボケだったし、古門くんもナイスツッコミだったね」
別にツッコミを入れたつもりはないんだけどな。
「で、古門くんは何してたの?」
「……散歩、だけど」
鎌をかけるつもりはないし、本当のことを話してくれるとも思わないけれど、流れとしては全く違和感がないので、訊いておくことにした。
「媛野は? こんな時間に何してたんだよ」
「ん? 私? 私も散歩、かな。ちょっと夜風に当たりたくて。今日は夜更かししても大丈夫だしね」
「ってことは、普段はこんな時間に出歩かないってことだよな?」
「まぁ、そうだね。私、寝るの好きだし。寝不足で学校に行くのは嫌だし」
「さすが優等生だな。深夜徘徊ってのは優等生らしからぬって感じだけど、たまには息抜きも必要だしな」
そろそろ訊くか。
鎌じゃなくて刀を――単刀直入に訊くしかないだろ。
「ところで――」
訊くしかないのか?
本当に?
訊いてどうする?
このまま見て見ぬふりをした方がいいんじゃないのか?
「ん?」
「ところで……何で僕の名前を知ってたんだ?」
訊けなかった。
訊けねーよ。
だって、怖いもん!
怖すぎるよ!
考えてみろよ、深夜に血塗れのナイフを持った人に「なんでナイフ持ってるんですか?」って訊くんだぜ?
一秒後には腹にナイフが刺さってるよ。
証拠隠滅だよ。




