ルパン三世もこんな気持ちなんですかね
千尋は自席に戻って道具箱を取り出す。
鍵を壊すためには、鈍器のようなものが必要だ。
ライトはすぐに見つかった。
スマホはあるが、せっかく見つけたので持っていくことにする。
千尋がライトを取り出したところで、同じく自席で準備をしていた秋元が立ち上がる。
「千尋さん、こっちは準備できました。僕トンカチ持っていきますんで」
秋元は右手にトンカチ、左手にライトを持っていた。
なるほど、トンカチか。それなら鍵を壊せるだろう。
「分かった、それなら準備OKだよ」
千尋と秋元は事務室を飛び出し、急いで虎舎へと向かった。
スタートしてまもなく、体力のない千尋はすぐにバテてペースが落ちた。
それでも、秋元と差が開くことはなかった。秋元がペースを合わせてくれたのだ。
しかし、虎舎が視界に入ると秋元はぐんと加速して、あっという間に千尋を置き去りにした。
千尋はどんどん遠くなっていく秋元の背中を見ながら、酸素供給が全く足りていないはずの頭で思考していた。
秋元が走っていった。秋元はトンカチを持っている。
ということは、秋元が鍵を壊してくれる。
自分は秋元の手元を照らせばいい。
……いや、待てよ。秋元が壊すということは、南京錠に触れるということ。
素手で――
素手で!?
「待って、秋元君!」
秋元が動きを止め、後ろを振り返る。
まさに秋元が南京錠に触れようかというところだった。
「どうしたんですかー?」
秋元が尋ねてからかなりの間を置いて、ようやく千尋は虎舎に着いた。
千尋の心臓はものすごい速度で拍動している。
「いや……秋元君が……鍵に触れると……指紋が残って……マズいと思って」
「あー、なるほど。全く気にしてなかったです」
千尋は膝に手をつき、何度も呼吸を繰り返す。
「でも、なんで僕の指紋が付くとマズいんですか? 普段触ってるのに」
「念のため、かな」
秋元の言う通り、秋元は普段からこの鍵に触る機会があるので、指紋が付いていても何ら不思議はない。しかし、付きたてほやほやの指紋だったらどうだろう。
今日、秋元は休暇だ。日中に付くことはありえない。
事件のことを聞きつけて出勤してきたとしても、この鍵に触れる必要はないのだ。
もし警察の調査で指紋の鮮度が分かるなら。最新の指紋が秋元のものだとバレたら――。
言い逃れなどできるはずがない。
だからこそ、念には念を入れるのだ。
「それよりも、早く事を済ませよう」
千尋は開錠状態で扉に引っ掛けられていた南京錠を目で捉える。
一呼吸してから、南京錠に触れる。
鍵が掛かるよう本体をくるりと回し、フックの部分を勢いよく押した。
カチッという小気味いい音が、施錠されたことを知らせてくれる。
「秋元君、トンカチ貸して」
秋元は不思議そうな顔をしながら、千尋にトンカチを渡す。
「なんで鍵閉めたんですか?」
「筋書き上、こうなってないとおかしいで、しょ」
言い切ると同時に、千尋はトンカチを振った。
ガコンという音が響く。
しかし、南京錠は壊れていなかった。
「なるほど! 確かにそうですね。さすが千尋さん」
千尋は秋元の褒め言葉を聞きながら、何度かトンカチを振った。
しかし、傷が少し入るくらいで、壊れる気配がなかった。
「千尋さん、僕がやります。代わってください」
後は鍵を壊すだけで、特に気に掛けることもない。ここは若人に任せよう。
千尋は秋元にトンカチを託した。
トンカチを受け取った秋元は、「いきますよー」と声を上げた後、「フンッ」と言いながらトンカチを振った。
さすがに一発では無理だったが、何度目かで破壊することに成功した。
「なんとか壊せましたねー」
「うん、壊せてよかった。壊れないんじゃないかってヒヤヒヤしてたよ」
「実は、僕もちょっと焦ったりしてました」
秋元がニッと笑う。
「さぁ、急いで戻ろう」
「はい!」
二人は事務室に向かって走り出す。
「悪いことしてサツから逃げてるみたいっすねー。なんかドキドキします。ルパン三世もこんな気持ちなんですかねー」
確かに警察から逃げている感じがする。
実際には警察から逃げているわけではないが、今しでかした行いが悪いことだと頭では分かっているからだろう。
千尋は走りながら喋ることができないので、代わりに苦笑を返す。
パトカーのサイレンが遠くで鳴っているような気がした。




