隠蔽工作
「ただいま戻りました」
園に戻ると、残っている飼育員は少数で、ほとんどが既に帰宅しているようだった。
ただ代わりに、休暇だった秋元が出てきていた。
秋元と目が合い、秋元がこちらに駆け寄ろうとしたところで、それを制するように園長が口火を切った。
「お疲れ様、菊池君。帰ってきて早々ですまないが、現状の共有と今後の対応方針を練る必要がある。まず、現状についてだけど――」
園長はそう言って、飼育員総出で捜索したが見つからなかったこと、実際捜索はしたが、捜索の事実を隠ぺいし、脱走発覚後速やかに警察に連絡したことにすること、明日は予定通りのシフトで出勤すること、などを説明してくれた。
自分がいない間に、同じ内容を全員に伝えているらしい。
捜索した事実を隠ぺいする点は千尋も賛成だった。
事実をありのまま伝えたとき、間違いなく『なぜ脱走直後に連絡しなかったのか』『近隣住民の命が危険に晒されているというのに、素人が呑気に捜索をして何になるのか』などなど、非難轟々になること請け合いだ。
実際、身内だけで捜索して見つけられれば、虎の脱走は無かったことにできるという淡い期待と下心が、園長にはあったであろうことは否定しない。
おこがましいとは思うが、もし自分が園長という立場だったとしても、同じことをしていたかもしれないと思う。
「ご説明ありがとうございます。状況理解できました。では、今後の対応についてもお伺いできますか?」
「分かった。今後の対応についてなんだが、菊池君が戻ってきたので、今から警察に連絡する。もしかしたら電話口で根掘り葉掘り聞かれるかもしれないが、とりあえず『調査中』とかなんとか言って濁すつもりだ。でも濁せるのは彼らがここに来るまでだ。
だから、彼らが来るまでの間に、脱走前後の状況を辻褄が合うように作ってほしい。菊池君なら僕が言っている意味が分かるはずだ。警察への連絡が終わったら僕も一緒に考えるから」
園長の言う通り、辻褄を合わせる必要がある。
実際は閉園直後に発生したのだが、僕たちは虎の脱走がたった今発覚したことにするのだ。
なぜこのような遅い時刻に虎が脱走したことを把握できたのか、自分の行動を含めて矛盾のないストーリーを作っておく必要がある。
さもなければ、虚偽がバレてさらに罪を重ねることになってしまう。
そうなれば一巻の終わりだ。
「分かりました。その手筈でよろしくお願いします」
園長は少し口角を上げて一つ頷いた後、事務室へと戻っていった。
千尋も事務室に戻ろうとしたところで、秋元が駆け寄ってきた。
普段めったに見ることのない、神妙な表情を浮かべて。
「なにがどうなったんですか? どうなったら虎が脱走するんですか?」
「僕にも分からないんだ。リヒトたちを帰厩させた後、僕も戻ったら南京錠が壊れてて……」
「南京錠が壊れてた? それって誰かが壊したってことですか? それしかないですよね?」
「僕もそうだとは思う。現に――」
帰厩の最中、獣舎の扉を開ける音が確かに聞こえたから、と言いかけた言葉を飲み込んだ。
今は犯人捜しをしている場合ではない。
「いや、その話は後にしよう。悪いけど秋元君、僕の仕事を手伝ってくれないか?」
「分かりました。喜んで!」
真相が分からぬままでスッキリしていないといった感じではあったが、それでも了承してついてきてくれる秋元に、千尋は心の中で感謝した。




