嫌な予感
安定期に入って数週間が経ち、お腹の大きさがかなり目立つようになってきた。
それは、お腹の赤ちゃんがすくすくと成長している証でもある。
時折、お腹を叩いたり蹴ったりする。
胎動を感じる度に嬉しさが込み上げてくる。
産休にはまだ早いのだが、そろそろ休ませてもらおうと思い始めた。
かなり長い休みになってしまうので、一旦辞めた方がいいのかもしれないとも思う。
お腹が大きくなって、長時間歩いたり立ちっぱなしの状態がしんどくなってきた。
家からコンビニまではかなりの距離があるし、行きと帰りで二回あると思うと、出勤日は結構憂鬱だったりする。
コタも早く休めと言っているし、幸い自分が当面働かなくても生きていけるほどの蓄えはある。
考えれば考えるほど、休む方向に意識が向いていることに気づく。
よし、休もう。
明日出勤したときに、店長に相談しようと決めた。
それにしても、今日はコタの帰りが遅い。
いつもなら十八時には帰ってくる。
稀に残業することもあるが、その時は必ず連絡をくれる。
スマホを確認するが、やはり連絡は入っていない。
何かあったのだろうか。
自転車のチェーンが外れたとか?
妊婦さんが蹲ってて介抱してたとか?
そんなことならいい。
でももし、事件に巻き込まれていたら?
命の危機に瀕していたら――。
心配になって、凛はメッセージを送った。
『お疲れ様、今日は残業?』
『なにかあったの?』
『ねぇ、返事してよ』
何通送っても、メッセージが既読になることはなかった。
今度は電話を掛けてみる。
コール音は鳴る。
しかし鳴り続けるだけで、一向に取ってはくれなかった。
さすがに怪しい。
不安になってきて、今度は松本木工所に掛けてみた。
何度目かのコール音がして、電話が繋がった。
「はい、松本木工所です」
「あ、松本さん。凛です。コタ、虎太郎はいますか?」
「おぉ、凛ちゃん。久しぶりだね。それで用件はなんだっけ?」
「虎太郎はいますか?」
「虎太郎? 虎太郎なら十七時前に帰ってったけど」
時間を言われて、ふと時計を見る。
時計の針は十九時を回っていた。
松本木工所を出て二時間は経っている。
今まではこんなこと、一度もなかった。
さらに不安が募っていく。
「もしかして、まだ帰っとらんのか?」
「はい、まだ帰ってなくて。それに連絡も取れなくて」
「なにぃ? こんな可愛らしい嫁さんを心配させて、けしからんやつやのー。明日来たらどやしつけといたるわい」
「ありがとうございます。そうしてください。それでは、失礼しました」
電話を切ってすぐ、凛は玄関を飛び出した。
嫌な予感がした。
子どもの頃のあの光景が、フラッシュバックする。
凛は頭を振って、それを掻き消した。
外はもう暗闇だった。
懐中電灯を片手に、お腹の子を気にしながら、一歩ずつゆっくりと歩いていく。
――どうかこの道で、帰ってくるコタと出会いますように。
振り払ったはずのあの光景が、再び頭に浮かんでくる。
絶対にない。
もう二度とあんなことが起きるはずはない。
不安を払拭するように、懐中電灯を左右に振って、道に人が倒れていないことを確認していく。
大丈夫、大丈夫。コタなら絶対、大丈夫。
自分に言い聞かせて、進んでいく。
家と麓の中間辺りまで来たところで、進むのが怖くなってきた。
お母さんのようなことにはなってない。
そう思うのに、思えば思うほど足が竦む。
かと言って、ここで引き返しては意味がない。
まだコタには会えていないのだ。
しばらくその場に立ち竦んでいたが、勇気を振り絞って、重い足を前に出した。
少しして、懐中電灯の光が遠くに何かを捉えた。
一瞬、心臓が止まったような感じがした。
全身から冷や汗が噴き出し、鼓動が加速度的に早くなる。
怖い。見たくない。
そう思うのに、体は動いた。
一歩ずつ、ゆっくり近づいていく。
徐々に物体が大きくなる。輪郭が見えてくる。
――人だ。




