新しい命
中古のテレビから、今日一日の虎の殺生数を伝えるアナウンサーの声が聞こえてくる。
全国地図が表示され、各都道府県の位置に数字が出ている。
世紀の大事件となったあの日、政府はローガン皇帝を討ち取ったと緊急速報を流した。
併せて、今後速やかに全国にいる虎を殺処分することも伝えられた。
日本中が歓喜に沸いた。
大阪では、まるで阪神タイガースが優勝したかのような熱狂ぶりで、川に飛び込む者もいたらしい。
ローガンを倒した当の本人であるコタは、快哉を叫んで戻ってくるかと思っていたが、意外にも神妙な面持ちをしていた。
「嬉しくないの?」と凛が聞くと、コタは「嬉しいよ」と笑顔で返してきたが、何となくぎこちなさを感じた。
家に帰ってきてからも、時折考え込むような素振りをしていることがあるし、話し掛けても「聞こえなかった」と言って反応しないときがある。
さすがに様子がおかしくて心配で「何かあった?」と聞いてみても、「何もないよ」の一点張りで話すつもりはないようだった。
話す気がないのなら、せめて自分がいる間はそんな姿を見せないで欲しい。
余計に心配するし、わたしはそんなにも頼りないのかと、少し苛立ちもする。
しかし最近、この焦燥感と苛立ちは、コタだけのせいではない気がしている。
ここ何日かずっと体調が悪い。
それに生理もきていない。
もしかしたら妊娠してるかも――。
そんな考えが頭をよぎる。
コタとしたのは、成り行きでコタに求められたから。
コタのことが好きかと問われると、恋愛をしたことがない自分にはよく分からない。
ただ、今後他の男性とどうこうという未来が想像できなかったので、コタを拒みはしなかった。
実際、コタが自分の中に入ってくる感覚は、嫌なものではなかった。
夜勤の帰りにドラッグストアに寄って、妊娠検査薬を買った。
先にコタに相談しようとも思ったが、検査してからでも遅くはないと判断した。
検査してみると、テストスティックの検査窓に線が二本表示される。
――陽性。
つまり、妊娠している。
嬉しかった。
つい最近まで、自分が子どもを持つことなんて考えもしなかったのに。
お腹の中に赤ちゃんがいるんだと思うと、それだけで幸せな気持ちになる。
ありがとうと感謝の気持ちでいっぱいになる。
早くコタに知らせたい。
でもコタは仕事に出たばかりだった。
嬉しくて、興奮して、夜勤明けのはずなのに、全く眠気はやって来なかった。
「ただいまー」
コタが帰ってきた。
「おかえり」と言って、玄関に走り出しそうになったが、慌てて自制した。
いけないいけない。
お腹の中には赤ちゃんがいるんだった。
「コタ、見て」と言って、妊娠検査薬を見せる。
「なにそれ?」
「妊娠検査薬」
コタが驚いた表情を浮かべる。
「妊娠検査薬!?」
「そう。で、ここ見て」
「うん、線が二本あるね」
「そ。二本出てるから陽性。妊娠してるってこと」
コタの目が点になっている。
口も開いたままだ。
「ちょっと、なんか言ってよ」
放心していたはずのコタが、いきなり抱きついてきた。
「あ、ごめん。今のはダメだな、赤ちゃんに悪い」
体から離れたコタは、満面の笑みを浮かべた。
あぁ、久々のちゃんとした笑顔だ、と凛は思った。
「そっかぁ、妊娠。赤ちゃんか。凛のお腹の中に赤ちゃんがいるのか。嬉しいなぁ」
コタは愛おしそうに、お腹を撫でてくれる。
「嬉しいんだ」
「嬉しいに決まってるよ。凛は嬉しくないの?」
「ううん、嬉しい」
「なんだそれ。赤ちゃん、男の子かな? 女の子かな? 凛に似てくれるといいな。虎の耳とか生えないで欲しいな」
「それはどうだろ? わたしは尻尾とかなら生えててもいいと思うけど」
「ダメだよ! 絶対苦労するから! 子どもにはそんな苦労して欲しくないよ」
「経験者は語る、だね。でもその辺は生まれてからのお楽しみってことで。さっ、ご飯食べよ。準備できてるよ」
これまでの、あの何かを抱え込んだような姿が嘘のように、コタは上機嫌だった。




