逆襲
皇帝のローガンを含む皇族とその取り巻きは、旧皇居を根城としている。
宮殿は皇族のみが使用しているが、敷地内は一般開放しており、他の虎たちもいる。
桔梗門をくぐると、何頭かの虎が歩いていた。
「撃て!」という大隊長の合図の後、銃声が鳴り響く。
最初数発はシールドにはじかれていたが、やがて銃弾は虎の身体を貫いた。
近くにいた虎は全て打ち抜かれ、その場に倒れ込んでいる。
隊列からざわめきが起きている。
「当たった」「倒した」「殺した」という声が、そこここから聞こえてくる。
秘策が通用することの衝撃、本当に虎を滅することができることの感動、様々な思いが駆け巡っているのだろう。
興奮冷めやらぬ中、軍勢は迷わず進んでいく。
見かけた虎は残らず射撃していく。
どの虎も何があったのかという表情をしながら、ただこちらを見ているだけで、逃げようともしなかった。
シールドを信用しきっていることが明白だった。
宮内庁前で隊を止めた大隊長は、メガホンを手に取った。
「虎たちに告ぐ。我々は今から貴様らを殲滅する。貴様らの時代は今日で終わりだ」
宮内庁の中から、虎が数頭出てきた。
虎にしか分からない言葉で話しているが、自分には分かる。
彼らは嘲笑していた。
「行けー! 突撃!」
隊員たちが勢いよく駆け出していく。
嘲笑していた虎たちは撃たれ、あっけなく倒れた。
宮内庁内から、無数の銃声が鳴る。
しばらく鳴り続けた後、静かになった。
隊員たちが戻ってくる。
中には、血飛沫を浴びて血塗れになっている者もいた。
「では次、いよいよ本丸の宮殿に向かう。行くぞ!」
――ついに皇帝を討つ時がきた。
緊張を抱えながら、宮殿への坂を上っていく。
宮殿前には、人だかり――虎だかりができていた。
宮内庁にいた虎が宮殿に連絡をしたのかもしれない。
「撃て撃てー!」
一斉射撃が始まる。
虎たちもシールドが通用しないことを聞いているのか、捨て身を覚悟で突っ込んでくる。
まるで戦国時代にタイムスリップしたかのような光景が広がっていた。
銃弾に貫かれた虎から、首を掻き切られた隊員から、血しぶきが舞う。
倒れた肉体は血の池に浮かんでいるように見える。
虎太郎も応戦した。
次々に飛び掛かってくる虎たちに、迷いなく引き金を引いた。
両者入り乱れる混戦の最中、視界の端に何かが横切っていくのが見えた。
慌てて目で追うと、数頭の虎が走っていた。
逃げようとしていた。
その先頭は、まぎれもなく、ローガンだった。
なぜ皇帝が逃げる。
皇帝のためにと戦う兵を前に、なぜ我先にと逃げることができる。
眠っていた憎悪のマグマが、再び沸き上がる。
灼熱の血液が全身を駆け巡り、そして脳に集結していく。
「ローーーガアアアアァァーーーーーーンッ!!」
声に反応したローガンが振り向く。
虎太郎は、気づいたときには引き金を引いていた。
視界が一気にスローになった。
弾き出された銃弾は、回転しながら一直線に飛んでいく。
やがて銃弾はローガンの後ろ足を捉え、めり込み、貫いていった。
ローガンは呻きながら、倒れ込んだ。
しかしすぐに起き上がると、足を引き摺りながら、なおも逃げようとする。
「待て!」
虎太郎はすぐにローガンを追いかける。
取り巻きは一瞬ローガンを気にする素振りを見せたが、結局見捨てて逃げていった。
手負いのローガンの走る速度は、もはや人以下になっていた。
後ろから飛び掛かり、ローガンに馬乗りになる。
四肢を押さえて動けないよう拘束した。
ローガンは苦悶の表情を浮かべる。
「なぜお前がここにいる? なぜ人間に加担している?」
「僕は人間だから」
ローガンが鼻で笑う。
「お前が人間? 笑わせるな。お前は虎でも人間でもない。エイデンのバカが生み出した、ただのゴミだ」
まるで話が通じない。何が言いたいのか分からない。
銃口をローガンの頭に突きつける。
「もういい。最後に言い残すことはあるか?」
ローガンは口を閉ざした。
黙り込んで、これまでの人生を省みてでもいるのだろうかと思っていた。
突然、くっくと笑い声が口から漏れる。
やがて笑い声は大きくなり、哄笑に変わった。
「なにがおかしい?」
「最後にとっておきを教えてやろう。耳の穴をかっぽじってよく聞けよ」
堪えきれないのか、また笑う。
「お前の母親を殺したのは、俺だ」
予想だにしない言葉に、頭が真っ白になる。
こいつが、こいつがお母さんを、殺した――。
なぜ? なんで? こいつがお母さんを殺さないといけない?
「……ぜ?」
「は?」
「なぜお母さんを殺した? 何の目的があって――」
「お前が気に食わなかったんだよ。気高い虎の血を引きながら、虎の身分を捨て、下等な人間としてのうのうと生きているお前が腹立たしかった。だから苦しめてやりたかった。だから殺した」
お母さんは僕のせいで――僕のせいで死んだ。
僕がお母さんを殺した。
そんな……、そんなはずは……。
ローガンの嘲笑が聞こえてくる。
「いい顔をする。最高の表情だ。その顔が見たかったんだよ」
ローガンの顔がぐにゃりと歪んで見える。
その顔はおぞましく、得体の知れない化物のようにも見えた。
「くっそがああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!」
引き金を引いた。
引き続けた。
無数の銃弾がローガンの頭を突き抜ける。
ローガンはもう死んでいる。
それでも引き金を引き続けた。
弾を撃ち尽くして、正気に戻った。
全身が返り血で血塗れになっている。
ローガンの頭は原型を留めておらず、骨が剝き出しになっていた。
これで終わった。
母の仇を討った。
みんなの願いを叶えた――。
それなのに、心に巣食う憎悪の残滓が、まだ心の奥底に意地悪くへばりついているような感覚が残っていた。
ローガンの言葉が耳から離れない。
――お前の母親を殺したのは、俺だ。
その言葉が、繰り返し脳内で再生される。
繰り返されるうち、ローガンの声が変化していく。
聞いたことのない声。
背筋がゾクゾクするような、腹の底に響くような、そんな声。
誰の声か分からない。
その中に交じって、時折聞こえてくる、自分の声。
――母親を殺したのは、僕だ。
ローガンを殺してもなお収まらぬこの苦しみは、いつになったら消えるのだろうか。




