今度は職探し
「仕事を探しましょう」
翌朝、母が話を切り出した。
虎太郎も言おうと思っていたことだった。
運良く住居は見つかったが、持参した非常食だけでは生きていけない。
だが、食料はお金がないとどうにもならない。
すぐに仕事を見つけなければ、死んでしまう。
「うん、僕が仕事を探しにいくよ」
「いいえ、私も働くわ」
「いや、お母さんは働かなくていいよ。僕が働くから」
母は自分のわがままに付き合ってくれているのだ。
本当なら今頃、父と安寧に過ごしていたはず。
だから、母に苦労を掛けるわけにはいかない。
「お金はあって困るものじゃないわ。それに、ここで一日中一人で何をして過ごせばいいのよ」
母の言う通りだった。
こんな廃屋で一人、何をすることがあるというのか。
「た、確かに。それもそうだね。じゃぁお母さんにもお願いするよ。ところで、近くに仕事が貰えそうなところあるかな?」
「たしか、ここに来る途中、コンビニがなかったかしら? そこならバイトさせてもらえるかもしれないわね」
「あー、あったかも。でもあの辺だと、ここから歩いて三十分以上掛かるんじゃない? 僕は大丈夫だけど、お母さんには遠くない?」
「この期に及んで、そんなこと言ってられないわよ。仕事が貰えるなら、大したことじゃないわ」
「お母さんがそう言うなら……。じゃあ、今から一緒に――」
面接に行こう。
と言いかけて、止めた。
二人一緒には行けない、と思った。
僕は獣人だ。きっと人間には受け入れてもらえない。
二人で行けば、母も門前払いを喰らってしまう。
それは避けたい。
苦労するのは自分だけでいい。
「いや、コンビニはお母さんに任せるよ。僕は、他に仕事を貰えるところがないか探してみるよ」
「どうして? 一緒に行けばいいじゃない」
「だって、ほら、僕、獣人だから。一緒に行くと、お母さんまで仕事貰えなくなっちゃうよ。さっき、お母さんは働かなくていいって言った自分が言うのもなんだけど、仕事ないと僕たち、死んじゃうしさ」
虎太郎は笑った。
こんなことを言うと、母は気にする。
きっといたたまれない気持ちになる。
だから、虎太郎は笑ってごまかす。
母は渋々といった感じではあったが、コタがそう言うなら、と了承してくれた。
「じゃぁ、早速だけど行こうよ」
「えぇ、そうしましょう」
虎太郎は、母と一緒にコンビニまで歩いた。
やはり、かなりの距離があり、これは自転車でもないと通勤は厳しいな、と思った。
母と虎太郎はコンビニの前で別れた。
「受かるといいね」と虎太郎が言うと、母は「頑張るわ!」とガッツポーズを作っていた。
僕も頑張らなくてはいけない。
虎太郎はコンビニを通り過ぎるように、来た道をそのまま進むことにした。
しかし、いくら進んでも点々と民家があるばかりで、仕事を貰えそうな建物は一向に現れなかった。
これ以上進むと、仮に仕事を貰えたとしても通勤が大変だ。
次、突き当たりになったら引き返そう。
最後と決めて道を歩いていると、左手に事務所のような二階建てのプレハブ小屋が建っていた。
近づくと、『佐々木組』と書かれた看板があった。
一階は電灯が点いていない。
二階に目をやると、電灯が点いているのが見えた。
白い鉄骨の階段をトントン鳴らして上がっていく。
黒色の引き戸の取手を軽く引くと、扉はカラカラと音を立てながら開いた。
男が虎太郎を見る。
「あのー、すみません」
「はいはい、なんやろか?」
初老と思われるその男は、頭にタオルを巻き、肌は黒々としていて、いかにも工事現場の人、という感じだった。
「僕、仕事を探していまして。こちらで雇って頂けないでしょうか」
「雇う? うち、どこにも募集なんか出してへんけど」
「すみません。別に何かの募集を見てきたというわけではないんです。なんと言いますか、手当たり次第といった感じでして……」
男はそれを聞いて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「なんや兄ちゃん、訳ありっぽいなー。なんか悪いことでもしたんか?」
虎太郎も作り笑いで返す。
「いえ、そういうわけではないんですが、訳ありは否定できないですね。……それで、雇って頂けるのでしょうか」
「その前に兄ちゃん、人に尋ねたりお願いするっちゅーんに、その格好はあかんやろ」
男はおもむろに席を立つと、虎太郎の元に歩み寄ってきた。
おそらくこのフードのことだろう、と虎太郎は悟った。
虎太郎は普段外出するとき、必ずフードを被る。
獣人の証である耳を隠す必要があるからだ。
「まずはこのフードを取ってから――」
男の手がさっと伸びた。
虎太郎はその手を払おうとしたが、失礼かもしれないと僅かに逡巡してしまった。
はらりとフードが頭から離れ、獣の耳が露になる。
終わった。
これで僕たちはこの街にはいられなくなる。
沈黙の中、暗然たる気持ちを抱きながら、虎太郎はどう去ろうかと考えていた。




