虎太郎
虎太郎は目を覚ます。
目をうっすら開けると、ぼやけて歪んだ鉄格子が視界に映る。
頭の側面が柔らかいものの上に置かれている。
手が、虎太郎の頭を優しく撫でていく。
母の手だ、と虎太郎は気づく。
どうやら母の膝の上で寝ているらしい。
虎太郎は体を回転させて仰向けになる。
「おはよう、コタ」
優子は、微笑みながら虎太郎の頭を撫で続ける。
「おはよう、お母さん」
母の手のぬくもりが心にまで染み入るようで、得も言われぬ安心感と幸福が全身を満たしていく。
虎太郎は母に撫でられるのが好きだった。
しばらく母に撫でてもらっていると、鉄格子の奥の奥から、微かに足音が聞こえてくる。
きっと母には聞こえていない。でも虎太郎には聞こえる。
虎太郎は特別耳がいい。
この音を聞く度、深い闇の中に引き込まれるような、重く陰鬱とした気分になる。
だから、虎太郎はそれを遮るように目を瞑った。
足音は小さいまま、まるで忍ぶかのように近づいてくる。
そして、鉄格子の前で止まった。
虎太郎はその足音が誰のものであるか分かっていた。
次兄のジルだ。朝食を持ってきたのだろう。
虎太郎は寝ているふりをし続ける。
ジルは咥えていた食パンを、首を振って器用に鉄格子の内側に放り込んだ。
「ジルくん、ありがとう」
母はいつもお礼の言葉を欠かさない。
ジルは虎太郎に軽蔑の目を向けながら、「ガキかよ、気色悪い」と虎太郎にだけ分かる言葉で吐き捨てて戻っていった。
虎太郎は目を開ける。母と目が合った。
「コタ、朝ご飯食べよう」
「うん」と言って、虎太郎はこくりと頷いた。
虎太郎には三人の兄姉がいる。
長兄のエル、次兄のジル、姉のルナだ。
虎太郎は四人目の末っ子なのだが、兄の二人とは仲が悪い。
と言うより、家族として認められていない。
それは、虎太郎と兄姉三人の間に決定的な違いがあるからに他ならない。
虎太郎と三人は、種族が違うのだ。
三人は虎の父と虎の母の間に生まれた純粋な虎である。
一方虎太郎は、虎の父と人間の母の間に生まれた虎と人間のハーフ。
つまり獣人なのだ。
加えて、虎太郎が妾の子であることも、反感を買う材料となっている。
虎太郎と優子は一日の大半を、石壁と鉄格子に囲まれた、この牢獄のような部屋で過ごす。
兄姉の母であるジュリアが、虎が忌み嫌う人間と暮らすことは考えられないと断固拒否しており、人間である優子と人間の血を引く虎太郎は、隔離されるかのように、この部屋に追いやられているのだ。
虎太郎はこのことを嫌だとは思っていない。
むしろ、彼女らと顔を合わさない方が、悪感情を向けられることも、嫌悪の表情を見ることもないので、気が楽だとさえ思っている。
朝食を食べてしばらくすると、また足音が聞こえてきた。
次は父だ。
「おはよう、虎太郎。朝食はもう食べたかい?」
「おはよう、お父さん。もう食べたよ」
「そうか。なら、広間に行ってエルたちと遊んできなさい」
この時間がやってきてしまったと、虎太郎は憂鬱になる。
でも、それが父にバレたくない虎太郎は、表情を変えず平静を装って返事をした。
「はーい。お母さん、行ってくるね」
「いってらっしゃい」と言って、母が手を振って送り出してくれる。
虎太郎は、広間に着くのを少しでも遅くしたくて、鉛のように重い足を引きずるようにゆっくりと歩いた。




