50年後の日本
内閣総理大臣が虎に殺されるという世紀の大事件から、五十年が経過した二〇七六年。
今も変わらず、日本という国は存在している。
人々の生活も昔と変わらない。
大人は仕事をし、子どもは学校に行く。
休日は家族で出掛け、ショッピングや観光をし、夜は飲食店で食事を楽しむ。
店はどこも開いているし、インターネットだって繋がる。
変わらない日常の中でも、進歩するものはどんどん進歩している。
スマホはコンタクトレンズやメガネに替わり、今はそれらを装着するだけで、空間上に画面が表示され、あらゆる機能が利用できる。
自動車やバイクは、地上だけでなく上空も走行可能となっている。
エンジンは全て電気だ。
発明者や開発者によってどんどん革新されていくこの世界で、日本国民は絶対に守らなければならないルールができた。
虎には絶対服従。
正確には、以下の二つだ。
・皇帝の指示には絶対に従うこと
・虎に危害を加えないこと
二つ目に関しては、そもそも人間の武器は虎に効果がないため、実際にはそういった行為そのものを指している。皇帝からそういう御触れが出ているわけではない。
ただ単純に、無駄な足掻きの末路には死しか待っていないため、日本国民共通の不文律となっているのだ。
虎の世界においても、守るべきルール、破ってはならない禁忌はある。
ただ、その中に『人を殺めてはならない』というものは存在しない。
ゆえに、この五十年間、何千もの罪のない尊い人命が無用に奪われている。
人命を奪った虎は何にも裁かれることなく、気ままに次のターゲットを探して蹂躙し、人々は怒りの矛先をどこにも向けられず、どうか家族が、身内が、友人が狙われませんようにと、怯え祈りながら過ごす。
そんな日々が五十年、続いている。
虎を主とした、虎と人の主従関係による歪んだ共存生活――。
これが今の日本だった。




