国家転覆
あまりにも凄惨な屍山血河の現場に、女性アナウンサーが嘔吐する。
他にも数名が口元を手で押さえ、吐き気を堪えている。
存命の隊員が半数ほどになった頃、隊員の一人が奇声を上げながら逃走した。
それを見た他の隊員たちも、次々に逃げ去っていく。
それでも、虎たちは襲撃の手を止めることはなく、逃げる隊員たちを捉えて蹂躙する。
やがて現場が死体の山だけになり正気に戻った報道陣は、カメラなどの機材を置いたまま、一目散に駆け出した。
テレビの画面は、リヒトたちを遠巻きに映したまま、定点カメラになっている。
『聞こえているか、人間共』
声が聞こえてくる。リヒトはカメラに向かって爪を差している。
『よく分かっただろう。お前たちの力、我々の力。これが全てだ。今のうちに、死ぬまでにやりたいことリストでも作って消化しておくといい。もうじき貴様らの時代が終わるのだからな。せいぜい楽しんでおくことだ。それと、最後にもう一つ。我々は今から総理大臣の首を取りに行く。総理大臣殿、せっかく前もって宣告してやったのだ。しっかり首を洗っておいてくれ。では、また後ほど会おう』
声の後、リヒトたちはくるりと身を翻し駆け去っていった。
想像を絶する事の顛末に、千尋はただただ呆然と立ち尽くしていた。
頭の整理が追いつかない。
何もかもが分からない。
あの声は本当にリヒトで間違いないのか。
リヒトの声だとするなら、どうやって話しているのか。
声が聞こえるときの、脳に響くようなあの感覚は何なのか。
リヒトたちに銃弾が当たらないのはなぜか。
そして、なぜこのようなことをリヒトたちはやっているのか――。
唯一理解したのは、園長が言った『最期』の言葉が、リヒトたちではなく、人間に対しての言葉に変わってしまったことだ。
あの声は告げていた。
人間の時代は終わる、と。
普段であれば、一笑に付して終わりだ。
だが、今は否定できない。
させてくれない。
目の当たりにしたあの惨劇が、その隙を与えない。
紀元前から脈々と続いてきた人間の世界が、今まさに、終わろうとしている。
道頓堀での事件から約四時間後、虎が国会議事堂に押し寄せ、首相を襲撃した。
首相はまもなく死亡が確認されたと報道された。
リヒトが首相を殺害すると事前宣告したのに、なぜ首相は逃げなかったのかと千尋は疑問に思ったが、ピンポイントでニュースキャスターが説明してくれた。
首相は『国会を放棄することはできない。国民が危険に晒されている中、自分だけ特別扱いで逃げるわけにはいかない』などと言って、逃避を拒否したようだった。
首相の鏡のような殊勝な心掛けだなと千尋は感心した。
いつもは冴えない政策ばかり打っていた気がするが、私欲を貪るような悪徳政治家ではなく、ちゃんと日本の最高司令官としての責務を全うしていたのだなと、今更ながら印象を改めた。
テレビ画面が切り替わる。
議場が映し出された。
議長席にリヒトが立ち、議長を取り囲むように配置された議員席の方に、他の虎たちが並んでいる。
人の姿はない。
ただ、椅子や机の至る所に、人のものであろう血痕が見える。
カメラは次第にリヒトをズームアップしていく。
リヒトはそれに気づいたかのように、カメラに視線を向けた。
『先ほど報道があったように、我々は大役を果たした。ついに総理大臣を討ったのだ。これで、日本は終わりだ。貴様らの時代は終わった』
人ではない、何か得たいの知れない怪物の、下卑た哄笑が聞こえてくる。
闇の底から這い上がってきたような、人間を蔑む響きがする。
『そして、ただいまをもって、この国は我々虎が統治する。新国家の誕生だ。その記念すべき最初の国王は、私、リヒト・カイザーだ』
議員席にいた虎たちが、まるで快哉を叫ぶかのように吠える。
ピラミッドの頂点から滑落したような、牙城が崩落していくような、そんな音が響いた気がした。
これにて第一章、終幕です!
いかがだったでしょうか?
少しでもお楽しみいただけたのであれば幸甚です。
次回より第二章に突入します!
よろしければお付き合いください。




