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第二位、人間  作者: 青野 乃蒼
国家転覆

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朝のひと時

坂道の道中には、動物の像や歩幅まで再現された足形、実際に使われた檻などが設置されており、客を楽しませる工夫が施されている。


数千回同じ道を歩いている大人としては、だらだらと長い坂道でしかないのだが、楽しみにして来てくれたた子どもたちにはあっという間の短い道に感じるのだろう。


千尋は歩きながら、きゃあきゃあと歓声を上げながら自分を追い越していく子どもたちを想像して微笑ましい気持ちになる。



坂の先にある階段を上ると、目の前に大きなゲートが見えてくる。

そのゲートの上部には大きな文字で『いよ動物園』と書かれてある。


いよ動物園。


一九八十年代に愛媛県松山市の山間に建てられた歴史ある動物園で、愛媛県民のみならず日本各地から来園のある、人気の動物園だ。


いよ動物園の一番人気はもちろん、シロクマの『チーズ』である。

チーズは『しろくまチーズ』の愛称で親しまれ、毎年開催している誕生日会には、四国外からも多くのファンが駆けつけるほど。まさに、いよ動物園が誇るスーパーアイドルなのだ。




千尋はキーチェーンで繋がれた鍵をポケットの外に出しながら、大きなゲートではなく、その右隣にある建物のドアへ向かった。


『事務所』のラベルが張り付いている鍵でドアを開錠し中に入る。


最奥にある更衣室に行って荷物を置いた後、事務室の自席に行き、前日準備していたチェック表とペンを取って、事務室から園内へと通じるドアを開けた。




懐中電灯を片手に、千尋は暗闇の中をずんずん進んでいく。


五分ほど歩いたところで再びポケットから鍵を取り出す。

ラベルには『虎舎』と書かれている。


南京錠を開けて建物の中に入る。中は牢獄のような見た目で、各部屋の正面には太く頑丈な鉄格子が施されている。


今はまだ夜明け前なので虎は寝ている。

起こして機嫌を損なわせないよう、注意が必要だ。


千尋は虎のいる部屋とは反対の一室へと向かった。



朝の仕事は餌のストック状況を確認したり、前日退園する前の虎の様子を記録するなどの簡単な事務作業から始まる。


その後、解凍するために前日冷凍庫から出しておいた肉塊を、骨が付いたまま(なた)で割いて餌を準備する。



いよ動物園では、一頭に一日で五キロの肉を与えている。

この園では四頭の虎を飼育しているため、一日に与える餌は合計二十キロ。


人の食事を基準に考えると多いように思うが、作業基準で考えるとこれが存外多くない。

虎などの肉食系動物よりも馬やウサギなどの草食系動物の担当の方が、食材をカットするのに費やす労力が多く大変なのだ。 





餌の準備を終えた千尋は一度虎舎から出た。

いつもこのタイミングで小休憩を入れている。


急峻な山々の稜線がほんのりと明るくなっている。


朝の訪れ。一日の始まり。


千尋はこの時間が好きだ。



目を閉じて、大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。

爽やかな空気は体中を巡り、頭に溜まっていた澱を洗い、清涼感を残して去っていく。


自分は特別幸福な人間ではないし、取り立てるほどの才もない。

ごくごく普通だと思っている。

それでも、この時間を迎える度、生きていることの喜びを感じるのだ。


よし、今日も一日頑張ろう。


千尋は活力に満ちたその足を、虎舎へと踏み出した。

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