記者会見
松山市内の中心にある大きなホテルに到着した。
このホテルの大広間が記者会見の会場となっている。
ホテルのロビーに行き、園長が受付の女性に用件を伝えると、女性は「少々お待ちください」と言って、どこかに取り次ぎの電話を掛けていた。
電話が終わってから少しして、スーツ姿の女性がこちらに近づいてきた。
スーツ姿の女性は、受付の女性に目礼をした後、こちらを向いて会釈をした。
「お待たせいたしました。ご案内いたしますので、こちらにどうぞ」
千尋は、いよいよ記者会見が始まるのか、と思うと極度の緊張で吐きそうになった。
呼吸が浅くなっていることにも気づき、深呼吸を繰り返した。
「どうぞ、お入りください」
案内されたのは、会場の大広間ではなく小さめの個室だった。
千尋は肩透かしを食らったような気分だったが、警察と会見用動画を撮影したときのことを思い出し、事前に打ち合わせはするよな、と得心した。
「担当を呼んでまいりますので、お掛けになってお待ちください」
女性に言われた通り革張りのソファに座って待っていると、しばらくしてスーツ姿の男性が入ってきた。
ビジネスマンらしく、簡単に挨拶と名刺交換をする。
名刺には、支配人と書かれていた。
支配人は、記者会見の流れとタイムスケジュールについて、丁寧に説明してくれた。
淀みなく流暢に話す姿を見て千尋は、さすが支配人だな、と思った。
「開始まで少し時間がありますので、ゆっくりされていてください。私は一度退出いたしますね。私が居ては、皆さん落ち着かないでしょうから。時間がまいりましたら、お迎えに上がります」
支配人が立ち上がるのを見て、園長と副園長が立ち上がった。
それを見て、千尋も立ち上がる。
「お気持ち痛み入ります。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
園長の言葉を受けて、三人が頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
支配人はそう言って軽く頭を下げた後、静かに部屋を出ていった。
待ち時間は十分少々だった。
その間、部屋に残された三人は、時折深いため息をつくことはあっても、言葉を交わすことはなかった。各々、緊張や記者会見のシミュレーションで会話どころではなかったのだ。
千尋は緊張しながらも、記者会見を待っている自分たちは、まるで斬首刑を待つ罪人のようだなと思った。
コンコン、と音がして扉が開く。
「皆さま、お時間になりました。まいりましょう」
支配人の後に続いて、会場へと向かう。
入口のところで支配人は足を止めた。
扉は既に開け放たれている。
「どうぞ、お入りください」
園長は大きく息を吐き出した後、再び歩き出した。
副園長と千尋もそれに続く。
大広間の中に園長が足を踏み入れた瞬間、カメラマンたちは待ってましたとばかりにシャッターを切る。千尋たちは一瞬にして、フラッシュとシャッター音の嵐に飲み込まれた。
千尋は思わず光を遮らんと腕をかざしそうになったが、なんとか自制して、副園長の背中を睨みつけるように一点だけを見つめていた。
三人が席についた後、進行役の女性の開始宣言によって、記者会見がスタートした。
園長が当時の状況などを一通り説明し、質疑応答に入っていったのだが、質疑のほとんどが動物園を糾弾するような内容で、回答しない千尋ですらメンタルを削られるほどだった。
記者会見の終盤、千尋に対しても質疑が飛んできた。
「本日は、実際に虎の飼育を担当されている方もいらっしゃいますので、担当者さんにお聞きしたいのですが、担当者として今回の脱走事件について、どうお考えでしょうか?」
どうお考えか? と問われると答えに窮してしまう。
抽象的すぎてどんな回答が正解なのか分からない。
千尋は、とりあえず無難に回答することにした。
「犯人がこのような犯行に及んだことについて大変遺憾に思っております。まだ犯人は見つかっておりませんので、一日でも早く見つかってほしい。そして、一日でも早くリヒト――虎たちがここに戻ってきてほしい。そう願っております」
千尋の回答を聞いた質問者は、間を置かずに食い気味で質問を重ねた。
「そういうことを聞いているのではなくてですね、あなたに責任はなかったのか、責任を感じないのか、恐怖を感じている市民の方々に対して申し訳ないとは感じていないのか、そういうことを聞いているんです」
千尋は記者の詰問に気圧され、頭が真っ白になった。
手に汗が滲みだし、微かに震えだす。
何か言わないと。
答えないと。
そう思ってマイクを握ろうとしたとき、それを制するように園長が口を開いた。
「担当者には何の責もありません。全ては園長である私の監督不行き届きが原因です。大変申し訳ございませんでした。今後の対策につきましては先ほど申し上げましたが、獣舎に防犯カメラを設置するなどを考えております」
園長の回答後、記者が追撃してくることはなかった。
千尋は心の底から園長に感謝した。
そして、こういう大人になりたいと、園長に対する崇敬の念を深めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
男は、山の茂みの中をひた走っていた。
意気揚々と、足取り軽やかに。
しかし、脳裏の片隅で、彼の悲しむ顔がちらついていた。
――千尋には申し訳ないことをした。でも、私にはどうしても叶えたいことがあるのだ。だから仕方のないことなのだ。どうか許してほしい。
男は、首をぶんぶん振って、頭の中にいる千尋を吹っ飛ばした。
男が足を止めることはなかった。




