空腹は最高の調味料
スマホのアラームが鳴って、千尋は目を覚ました。
眠れないと思っていたのに、いつの間にか眠っていたようだ。
枕元に転がっているスマホを手に取り、停止ボタンを押す。
時刻は十一時を指している。
体が重い。
少し眠ったことで逆に疲れを感じるパターンだな、これは。
と思いながらも、自分にムチを打ってなんとか体を起こした。
仮眠室を出てロッカールームに行き、予備で置いてある衣服に着替えた後、事務室に向かった。
「おはようございます」
「おはよう、菊池君」
園長と副園長は先に起きていた。
二人が座っているテーブルの上に、おにぎりとパンがいくつか転がっている。
「少しは疲れが取れた?」
園長たちよりも休んでいた手前、「逆に疲れが増した気がします」なんて口が裂けても言えない。
「はい、おかげさまで。ありがとうございました」
「それは良かった。さぁ、まずは朝ごはんだ。と言ってももう昼だからブランチかな。我々はもう済ませたから、どれでも好きなだけ食べて」
「ありがとうございます。お金は――」
千尋が言い切る前に、園長が手を振って制した。
「いらないいらない。これは私からの差し入れだから。お金なんていらないよ。気にせず食べて。買ってきたのは、当然私じゃないけどね」
千尋は、場を和ませてくれる園長に礼を言って、同じテーブルの席についた。
あまり食欲は無かったが、厚意を無下にはできないし、無用な心配を掛けるわけにもいかず、一番近くにあった昆布のおにぎりを取った。
フィルムを開け、そして一口。
うまっ。
香ばしい海苔の旨味と米の甘味が、口いっぱいに広がる。
無かったはずの食欲が、たった一口で一気に湧き上がってきて、手が止まらなくなってしまった。
「おにぎり、美味いよねー。これに味噌汁があったら最高だよね」
園長、それは間違いなく、最高です。
千尋は口いっぱいにおにぎりを頬張りながら、ヘドバンのように何度も頷いた。
三つ目を平らげたところで、千尋は手を合わせて「ごちそうさまでした」と呟いた。
「美味しそうに食べてたねー。いい食べっぷりだったよ」
「はい、本当に美味しかったです。コンビニのおにぎりをこんなに美味しいと思ったのは、初めてですね」
「空腹は最高の調味料、って言うしね」
「そうですね」と千尋が返事をしたところで会話が途切れた。
園長が腕時計を見て「おっ」と声を漏らす。
千尋も腕時計を見ると、時刻は十一時四十五分になろうとしていた。
「いい時間だね。そろそろ行きますか」
園長がテーブルに手をついて、おもむろに立ち上がる。
「はい。では、車取ってきますね」
「うん、頼むよ」
千尋は車のキーを手に、事務室を出た。ガチャン、と扉の閉まる音がする。
その後に聞こえてくるのは、動物たちの鳴き声だけだ。
お客さんの声は一つも聞こえてこない。
当然だが、今日は閉園している。
きっと、明日も、明後日も。
いつになったら開園できるようになるのかは分からない。
もしかすると、このまま廃園になってしまうかもしれない。
そんな不安を抱かずにはいられない。
それでも、一心に動物たちのことを考え、動物たちが快適に過ごせるように世話をすることが自分たちの責務であり、果たすべき使命なのだと自らを奮い立たせた。
出入口のゲートは昨日から開けっぱなしなので、千尋は園内に車を乗り入れ、事務室の前につけた。
園長たちは既に事務室前に待機していた。
どうやら千尋がこうするであろうことを読んでいたようだ。
千尋は二人を乗せた後、会場へと車を走らせた。




