フラスク市街戦(4)
南門を臨む中央通りにて、70人ほどの兵士たちは門から3百メートル手前で歩みを止めた。
先頭に立つのは、もはやそう名乗る必要性の無くなった西方精鋭隊第14部隊隊長のダンケンである。
「……ここでいい」
ダンケンは周囲を見渡し頷く。
そこへ、彼に追いついたユーゴが南門を見つめながらダンケンへ話しかける。
「ジャイアント族はまだ門を破っていません。今のなら壁まで」
「向かってきているのは向こうの最高戦力だ」
カル王国軍が把握しているジャイアント族の戦士の中でも、特に突出した戦士が数名いる。
ユーゴはつい数時間前、その戦士を間近で見ていた。
ダンケンはユーゴが思い浮かべた人物に気付いたかのように、「そう、奴だ」と言った。
「このフラスクの外壁は確かに戦のために造られたものだがずいぶんと前の話だ。もう使える武器は残ってないだろう。先に兵を配置できたとしても、……この数の弓と杖じゃ止められる訳が無い」
ダンケンは背後の兵士たちの少なさをもう一度確認した。
つい先ほど、自由を言い渡された後に残っていた精鋭軍の半分が離脱した。
残った者たちで市民の避難する時間を稼ぐには、南門と北西門に人員を割く必要もあった。
ここにいる70余名は文字通りの最後の希望なのである。
ダンケンは焦るユーゴを落ち着かせるようにゆっくりと話し始めた。
「あの門だって少しももたないだろう。そうなれば、簡単にがら空きの街の中に入られることになる。だから外壁からの妨害は捨てて、最初からここで待ち受けるんだ」
「分散して攻撃を?」
「そうだな。後方支援はあの塔と、……あの背の高い宿屋がいいな」
「俺たちは?」
「……市民の時間稼ぎが必要だと言ったが、正直巨人どもが今頃一般人を狙うか?いいや、あそこから逃げた俺たちを残らずぶっ潰したいだけさ……」
「なら分かりやすいに正面で……」
「ああ、ド正面だ!…………まあ、本当に俺たちだけが狙いなら一番良いのは逃げまくることだけどな。そうしたら、全部捨てて逃げるんだぞ。何もかも捨てて……いいな?」
ダンケンはそう言ってユーゴの方を揺らした。
彼はユーゴの返事を待たずに、振り返って他の兵士へ指示を出しに行った。
ユーゴはその背中を見ながら、ダンケンの顔が頭から離れなかった。
笑みを残しながら「逃げろ」と口にする男の目だけが真剣であったのだ。
彼が何もかも捨ててと言う言葉の意味を考えようとしたところへ、知った声が彼の名前を呼ぶ。
「どうしたシャモネ?」
シャモネ・パーシェンがダンケンの隣を通って近づいて来ていた。
ダンケンから高台へ行くように指示を受けたのだろう。
だが、こちらへ近づいてくる理由はユーゴには分からなかった。
「あの、私、後ろから守りますから!」
「守らなくていい。一緒に戦うんだよ、頼んだぞ……」
「……はい!お気をつけて!」
シャモネはいつもと変わらない笑顔を見せて駆けていく。
ユーゴとケネスからの市民の避難に合流しろと言う説得を無視してここに残る少女の後ろ姿はすぐに闇の中に消えていった。
「俺への挨拶は無しかよ」
シャモネが完全に見えなくなってからそう呟いたのはケネスだ。
「ていうか、あいつが後方へ行くならあのヘルムに刻んだ印は意味ねえな」
「言ってやるなよ。それに、あとで迎えに行くときに役立つさ……」
すると突然、ケネスがふ――!と息を吐いた。
「全然鳴らないな」と言う口笛を試みたケネスに、ユーゴは黙って彼の肩を小突いた。
その瞬間、タンッという乾いた音が夜の街に鳴った。
普段ならば無視するほどの小さい音である。
それの鳴った方向が南門でさえなければの話だが。
全員が一斉に南門を凝視する。
一瞬にして静寂が彼らを包み込み、緊張で唾を飲む音さえ耳障りとなるほどだった。
タ~ンッ!
もう一度なる乾いた音。
「……見えるか?」
ケネスが押し殺したような小さな声でユーゴを呼ぶ。
「門は見えるけど、まだ何も……」
タ~ン!
ようやく皆が気づく。これは木を打つ音であると。
「いますね」
聞きなれない高い声がすぐ後ろからして、ユーゴとケネスは驚いて振り返った。
そこにいたのはゾラ・ローリエとクロード・ティオンだった。
ユーゴの母が組織した魔術士部隊出身である二人の瞳はぼんやりと光を灯している。
何らかの魔術を使用しているのは明白だった。
だが、それよりも重要なことがある。
「ここで何してる?後方支援だろ!?早くシャモネ達と」
タン!
木製の門扉が削られる音が一定の間隔で鳴り続ける。
音が鳴る度に強制的に視線を引っ張られ、会話が途切れる。
その隙に、ゾラが口を開いた。
「魔術師が後方支援などと言う勘違いは止してください……」
それだけ言って黙るゾラ。
ゾラの髪の長さはシャモネと同じように短いが、彼女とは違い黒くサラサラである。
目を光らせ夜風に髪をなびかせる彼女の姿に、2人は反論が出来なかった。
黙ってしまうゾラとユーゴ達を見かねて、クロードが間に入る。
「もちろん、射程のある魔法もありますが、僕たちはここにいた方が出来ることが多いはずです。協力できます!」
クロードがゾラの前に立つが、彼の背の低さのせいで彼女の眼光は相変わらずユーゴ達に向けられている。
タン!!
遂には音だけでなく震動までも伝わってくる。
ユーゴはもう振り返ることなく、ゾラとクロードヘ告げた。
「分かった。でも、前に出過ぎるなよ。俺たちの後ろへ下がってろ」
「は?だから私たちは——」
ガン!!!!
鉄を打つ音ヘ変わった。
巨人の武器が門の内側にある閂へ触れたのである。
これにより、もう一度静寂が訪れた。
ここでようやくユーゴにもそれが見えた。
暗闇の中で300メートルの距離が見えている時点で十分に常人を超えているが、彼はそれ以上の存在を門の向こうへ確認したのだ。
斧によって開けられた小さな隙間からを突き破る大きな拳。
それが閂の上で開かれ、閂を掴む。
閂の芯は木だが、分厚い鉄板で覆われている。
その閂が掴まれただけで歪んだ。
ガタガタガタガタと前後上下に揺さぶれるが、固定された閂は外れない。
いつ門が破られるか。
緊張と恐怖で呼吸を忘れていた兵士たちがここで息を吸った。
だがその次の瞬間、地面が揺れる。
ただ一度の振動。
その波がユーゴ達を過ぎる前に、二度目の振動が起こる。
だがその波が広がることは無い。
それも当然、南門はもうすでにそこには無かったのだから。
この瞬間、馬車や騎馬でも悠々と通れるほどの巨大な門全体が歪み、瞬きする間もなく、次の瞬間にはすべてが向こう側へ引き抜かれたのだ。
壁に固定された金具、閂、門扉は消え去り、壁の石材は崩壊していた。
その下にあの男がいた。
暗闇の中、夜空を背にする巨人の輪郭がくっきりと分かる。
左手には門を打っていたのであろう斧を、右手はすでに空いている。
門の欠片はどこにも無かった。
「構えろ!構えろぉ!」
ダンケンが最初に声を張った。
「配置に付け!臆するな!構え——」
ダンケンの号令を邪魔するように、ドンンッ!と壁の外からまた震動と音が響いた。
それはこの巨人の後に続く第2陣か。それとも自分達の理解を超えた何かか。
嫌な想像ばかりを思い浮かべる兵士たち。
だがこれが、そこにいる巨人によって引き抜かれ放り投げられた南門が、数秒間も空を跳び、地面に落ちたものだと気づく者はいなかった。
それでも冷静なものは巨人が一人であることには気づいていた。
「1人です!他にいない!」
ユーゴが叫ぶと、ダンケンがそれに続いてもう一度号令を出す。
「目を離すな!たったひとりだ!……奴は英雄級だ!次の瞬間には来るぞ!構えろぉ!」
ダンケンの咆哮に他の兵士たちも応える。
士気は十分。
あとは、相手の出方次第だ。




