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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
頂を知りたくなければ、戦場で空を見上げるな

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215/215

フラスク市街戦(5)

 70の視線が注がれる中、巨人は背中に収めていた長剣を右手に持った。

 そして、1歩を踏み出して、右の脇道に消えていった。

 

 巨人が通るには狭かったらしく体を建物にこすりつけながら通ったようで、ザーという音だけが中央通りに残された。

 

「……は?」

 だれかがそう漏らした。

 だが、困惑は皆同じだった。

 

 それでも精鋭兵だ。すぐにどうするべきかを頭が理解した。

「しまった!中央に行かれるぞ!」「戻れ!」「お前らは付いてこい!移動するぞ!」

 自分の判断に、誰かの声に、誰かの指示に従おうと体が動こうとするその瞬間。

 ユーゴの隣にある家の壁に矢が弾かれた。

 多くの視線がその家に向けられる。


 誰も気にする溶融は無かったが、離れた場所にある塔からシャモネが放った矢である。

 おそらくは乱暴に放たれた弓矢が刺さらなかったのだろう。

 誰がなぜ放ったのか。

 この時、誰もそれを考える余裕は無かった。


 皆が目を向けた瞬間、家の窓が割れ、外壁に亀裂が入った。

 それは一瞬である。

 あの巨人が現れたのだ。それも、家一軒分のがれきを爆散させながら。

 

 ユーゴは研ぎ澄まされた集中力が、彼の動体視力を極限まで引き上げた。

 巨人に踏みつぶされる兵士を。

 がれきの直撃を受ける兵士を。

 そして、自らに向かう斧の刃を。

 すべてを視界に捉えたのだ。

 ジャイアント族最高戦力のアルゴルの一撃を確と捉えたのである。

 

 この瞬間、ただ視力だけが英雄に追いついたのである。

 

「<アイスウォール>!」

 凛とした声と共に、アルゴルの視界は「白」に覆われた。


 そしてユーゴのすぐ横、崩壊した家の隣の家の壁に斧がめり込んだ。

 

 確実に自分の体を両断する斧の軌跡が反れた。

 状況の把握に時間はかからなかった。と言うより、時間をかける余裕は無かった。

 

 ゾラが咄嗟に行使した<アイスウォール>が、アルゴルの斧とユーゴの間に入った。

 それも、斧を逸らせるように滑り台の用の角度をつけた氷の壁だ。

 これが不完全な魔法の行使による偶然な産物であることは今後一切語れることは無いだろうが、確かな奇跡であった。


 ユーゴが顔を上げると、頭上にはアルゴルの顔がある。

 顔はこちらには向いていない。

 アルゴルが一撃目を外したと同時に、彼には2方向からの弓矢と魔法攻撃が降り注いでいた。

 彼の足元でも、槍の投擲や足への斬りつけが行われている。

 

 人間であれば原型を3度は失う程の集中砲火である。

 これがアルゴルには致命傷にさえなり得ない。

 だが、無傷でいられる程度では無かった。

 器用に長剣を体の前に持っていくが、覆い切れていない方向からの攻撃は続く。

 耐え切れず、アルゴルは身を捩じり背面のまま跳躍して後退する。


 ユーゴやゾラの頭上スレスレである。

 

 着地する直前、アルゴルはすでに体勢を整え、長剣は放たれる瞬間を今かと待っていた。

 アルゴルの間合いに残っているのは数人いる。

 その中にはゾラが含まれていた。


 そして彼女は、ちょうどアルゴルの目の前である。


 アルゴルの着地とほぼ同時、ありえない柔軟性と筋肉の反発が長剣を振り下ろした。


 この時、ユーゴは剣を振り上げ咆哮しながら走っていた。

 何も考えず、無謀にも駆け出していたのだ。

 だが、今日だけは彼の行動を賞賛するべきだろう。

 

 たとえ、敵うはずのない敵に向かっていったとしても。

 たとえ、たった一度の父に教わったあるスキルを使おうとしていたとしても。

 たとえ、三極にのみ口伝されるスキルを到底扱えるはずもないと試したことがないとしても。

 

 これこそが英雄へと至る、百年の最初の1秒であり、億の歩みの最初の1歩なのだ。

 この時こそが、ユーゴ・デルヴァンクールの始まりの時なのである。

 

「<百戦剛剣>!」

 心臓は跳ね、血は巡り、筋肉は爆発する。

 戦士の魂が刃に乗る。

 ゾラを庇うように前に出たユーゴの小さな剣が、アルゴルの剣にぶつかる。

 そう表現するのもおこがましいほどのサイズの差ではあるが、間違いなく2本の剣は相対したのだ。


 次の瞬間、衝撃に飛ばされるユーゴとゾラ。

 ゾラはすぐに立ち上がる。

 ユーゴも顔を上げたが、震える腕が彼の体を立たせることが出来なかった。

 

 そして、見上げた先に巨人は立っていた。

 いまだ揺るぎない、突き出された大斧と長剣。

 

 ユーゴはその下で彼の言葉を聞いたのである。

 

「抗うな、もう手遅れだ。これは俺の弱さと愚かさの……せめてもの償いだ。戦士の手で葬ってやろう!」


 地に膝を突ける暇はない。

 今立ち上がらなくてはいけない。

 これはすでに、英雄に至った男への挑戦なのだから。

 

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