フラスク市街戦(2)
マケールはニコラに喋らせる隙を与えずに喋り続けた。
「敵は我らを逃がした。それも少数となるよう意図的にだ。そして夜になり街を囲んだ。敵がただのジャイアント族であればこれは単純な追撃と言えるが、そうでは無い。何か考えがあるはずだ。この街の中で……何かをしようとしているのだ」
話を聞く隊長達は自分たちの状況の把握と共に、マケールの分析に賛同するよう頷いている。
「だが、そんなもの付き合う必要は無い!……お前には、戦士としての使命があるのだろう?」
最後の言葉は、ニコラにのみかけられたもののようだった。
「私だけがここを離れるために言った訳では……」
「分かっている!だが実際問題として、ここから離脱出来るのはお前ひとりだけだ」
マケールはそう言いながら、ニコラの手を指さした。
正確には、彼の篭手の中にあるとある指輪をだ。
ニコラは左手の篭手を外し、その下の皮手袋を脱いで、人差し指をはめられた指輪を皆に見せた。
「私でなくとも、今なら指輪をつけた者が」
「最も価値あるものでなくてはいけない」
マケールはニコラの言葉を遮り、諭すようにそう言った。
戦時中に価値ある者とは単純な基準で決められる。
それは強さである。
このことについては彼でも言い返せない、紛れもない事実であった。
だが、ニコラにはもう1つ懸念点があった。
「この指輪を使えば、王都に送られた者と位置が変わります。何も知らぬ者をここへ呼び戻すなど、あまりにも残酷です」
「逆だろう?お前と交代したのはこのフラスクの衛兵だ。故郷へ返してやれ。何もしらぬ土地で、故郷が滅びたと言う知らせを受け取るよりも、自分の役目を果たすことを願うはずだ。そのために衛兵となったはずだ」
ニコラはついに、黙って頷いて皮手袋を着けなおした。
指輪を外さぬままにである。
ちょうどその時、部屋の扉が叩かれた。
ある隊長が扉を少し開け、顔を出した。
たった今ニコラのみが王都へ戻るとういう話をしていたばかりだ。
そのことが一般の兵士に広まらないように配慮して、扉を叩いた者を中へ入れなかったのだろう。
その隊長はすぐに扉を閉めて、外に居た者から聞いたことを報告し始めた。
「ジャイアント族の包囲が狭まっているようです。それに、敵最大戦力の幾人かは、包囲から抜けて南門と北東門に近づいています」
報告は以上だと言うように、隊長は1歩後ろへ下がった。
「……残っている兵士にも伝えよ。ただし情報のみだ。決して、命令を与えるな。ここからの判断は自らで下すのだ」
それは先ほども言っていた「好きにしろ」と何が違うのか。
だがマケールの顔は、少し前までの責任を放棄してすべてを諦めた男の顔ではなかった。
それを察する隊長達は、マケールが続ける言葉を聞き続けた。
「人数をそろえたところで希望を託せる者は限られる。…………軍を抜けたい者がいればそうさせてやれ。誰も止めるな。その逆もしかり、この戦いをまだ諦めぬ者には戦わせてやれ。希望を託せるとすれば、その愚かな戦士たちのみだろう……、さぁ行け!」
マケールは立ち上がり咆えた。
「この地で死に方は自らで決めよ!全員出ていけ!これが最後だ!行けぇ!」
隊長達はマケールの気迫に押されれるように部屋を出ていった。
扉をくぐっていくのは最後の戦いへ赴く敗軍の兵。彼らの目には未だ燃え尽きぬ炎がくすぶっていた。
マケールは部屋に残る者たちへ顔を向けた。
数える必要も、誰であるかも思い出す必要もない。
たった3人の男たちだ。
「どうした?我らが三極よ」
「ご武運を……」
ニコラは短く告げ踵を返した。
残るデッラとマクシムも何かを言おうとしたが、マケールがそれをそれを止めた。
「敵がこの私を……このマケール・デルニエール・カルの場所を聞いたら答えよ。止める必要は無いぞ。私は…………ここで待つ」
全員が邸宅から出た後。
ニコラ達3人は玄関の前に立ち広い庭を眺めていた。
都市長の庭園は、王都のほとんどの貴族のものよりも広かった。
地方にはよくある話である。
その庭に白い線を引くように、石畳の一本道が玄関から伸びていた。
ちょうど先に出た隊長達の背中が見える。
彼らの姿が見えなくなる頃、背後から足音が近づいた。
たどたどしい足音だった。
「どうも、三極の皆様。わ私はいったい……どうすれば?」
そこにいたのはマケールの従者であった。
彼に自由を言い渡されたのだろう。
「門はあっちだ」
マクシムはニヤニヤとした笑みを浮かべながら、南門の方角を指さした。
「い、いえ。私は戦闘なんて、皆さまの足を引っ張るようなことは」
従者は慌てて手を横へ振りながらそう言うが、マクシムは彼の話を無視して南門を指さし続けた。
そこへデッラが割って入る。
「市民が街の中央へ避難しています。そこへ行きなさい」
そう言われた途端、従者の顔には笑みが浮かんだ。
元から逃げるつもりだったのだろうが、誰かにそう言われるのを待っていたのだ。
そして、マクシムと顔を合せないようにしながら3人の隣を小走りで通り過ぎていった。
「フッ、これだから坊ちゃんは」
「殿下の従者ですから位の高い家の者でしょうけど、幼少から従者として働いています。厳しい人生だと思いますよ」
「どうだか……、おい!」
マクシムが従者を呼び止める。
「武器と鎧は置いていった方がいいぞ。逃げた兵の末路は…………んん゛」
悲惨だ、とでも言うように首を横に振った。
従者は返事をしなかったが、走りながら自分の鎧を器用に外して、横の庭園に投げ捨てていった。
その様子にマクシムは性格の悪そうな笑い声をあげた。
だが、この状況にニコラやデッラもつい笑みをこぼした。
「ハハハハハッ」
今の状況を理解していないかのような3人の重なった笑い声は長く続いた。
星空の下でいつまでも笑っていれば、朝は来ないとでも言うかのようだった。
だが男ならば、その時は自らで選ばなければいけない。
「さて、これでお別れだ」
そう言ったのはニコラであった。
それにマクシムはこう返した。
「ユーゴには?」
ニコラが首を振る。
デッラが再度問う。
「いいのですか?」
「ああ、あいつとはこれが最後じゃない。そう感じるんだ」
「そうですか。では……」
デッラは手を差し出し握手を求めた。
ニコラが息子との再会を確信するように、デッラも確信していたのだ。
これが最後であるとうことを。
ニコラがデッラの手を握り、デッラは強く握り返した。
「ともに戦えたこと光栄です」
「……俺もだ」
交えた言葉はそれだけだった。
そして、マクシムとはもっと短かった。
「頼んだぞ」
「ああ……」
最後に、ニコラは指輪に手をかけた。
憂いは無い。
迷いは無い。
指輪を空へ掲げた。
空に浮かぶ星々が繋がり、北へ光が飛ぶ。
そして、帰ってきた光が地上のニコラを包み込んだ。
次の瞬間、そこに彼はいなかった。
代わりにいたのはニコラとは比べることも出来ない体の細い男だ。
王都のニコラと場所を交換していたフラスクの守衛である。
「え、あ、私は」
デッラは守衛を落ち着かせ、説明を行うと言った。
だがその前に、守衛がなんの装備も付けていないことに気付いた。
デッラとマクシムは二人で顔を合わせて笑った。
「…………そのあたりに剣と鎧が転がってるぞ」




