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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
頂を知りたくなければ、戦場で空を見上げるな

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212/215

フラスク市街戦(2)

 マケールはニコラに喋らせる隙を与えずに喋り続けた。

「敵は我らを逃がした。それも少数となるよう意図的にだ。そして夜になり街を囲んだ。敵がただのジャイアント族であればこれは単純な追撃と言えるが、そうでは無い。何か考えがあるはずだ。この街の中で……何かをしようとしているのだ」

 話を聞く隊長達は自分たちの状況の把握と共に、マケールの分析に賛同するよう頷いている。

「だが、そんなもの付き合う必要は無い!……お前には、戦士としての使命があるのだろう?」

 

 最後の言葉は、ニコラにのみかけられたもののようだった。


「私だけがここを離れるために言った訳では……」

「分かっている!だが実際問題として、ここから離脱出来るのはお前ひとりだけだ」

 マケールはそう言いながら、ニコラの手を指さした。

 正確には、彼の篭手の中にあるとある指輪をだ。


 ニコラは左手の篭手を外し、その下の皮手袋を脱いで、人差し指をはめられた指輪を皆に見せた。


「私でなくとも、今なら指輪をつけた者が」

「最も価値あるものでなくてはいけない」

 マケールはニコラの言葉を遮り、諭すようにそう言った。

 

 戦時中に価値ある者とは単純な基準で決められる。

 それは強さである。

 このことについては彼でも言い返せない、紛れもない事実であった。

 

 だが、ニコラにはもう1つ懸念点があった。

「この指輪を使えば、王都に送られた者と位置が変わります。何も知らぬ者をここへ呼び戻すなど、あまりにも残酷です」

「逆だろう?お前と交代したのはこのフラスクの衛兵だ。故郷へ返してやれ。何もしらぬ土地で、故郷が滅びたと言う知らせを受け取るよりも、自分の役目を果たすことを願うはずだ。そのために衛兵となったはずだ」


 ニコラはついに、黙って頷いて皮手袋を着けなおした。

 指輪を外さぬままにである。


 ちょうどその時、部屋の扉が叩かれた。

 ある隊長が扉を少し開け、顔を出した。


 たった今ニコラのみが王都へ戻るとういう話をしていたばかりだ。

 そのことが一般の兵士に広まらないように配慮して、扉を叩いた者を中へ入れなかったのだろう。

 

 その隊長はすぐに扉を閉めて、外に居た者から聞いたことを報告し始めた。

「ジャイアント族の包囲が狭まっているようです。それに、敵最大戦力の幾人かは、包囲から抜けて南門と北東門に近づいています」

 報告は以上だと言うように、隊長は1歩後ろへ下がった。

「……残っている兵士にも伝えよ。ただし情報のみだ。決して、命令を与えるな。ここからの判断は自らで下すのだ」


 それは先ほども言っていた「好きにしろ」と何が違うのか。

 だがマケールの顔は、少し前までの責任を放棄してすべてを諦めた男の顔ではなかった。

 それを察する隊長達は、マケールが続ける言葉を聞き続けた。


「人数をそろえたところで希望を託せる者は限られる。…………軍を抜けたい者がいればそうさせてやれ。誰も止めるな。その逆もしかり、この戦いをまだ諦めぬ者には戦わせてやれ。希望を託せるとすれば、その愚かな戦士たちのみだろう……、さぁ行け!」

 マケールは立ち上がり咆えた。

「この地で死に方は自らで決めよ!全員出ていけ!これが最後だ!行けぇ!」


 隊長達はマケールの気迫に押されれるように部屋を出ていった。

 扉をくぐっていくのは最後の戦いへ赴く敗軍の兵。彼らの目には未だ燃え尽きぬ炎がくすぶっていた。


 マケールは部屋に残る者たちへ顔を向けた。

 数える必要も、誰であるかも思い出す必要もない。

 たった3人の男たちだ。

「どうした?我らが三極よ」

「ご武運を……」

 ニコラは短く告げ踵を返した。

 残るデッラとマクシムも何かを言おうとしたが、マケールがそれをそれを止めた。

「敵がこの私を……このマケール・デルニエール・カルの場所を聞いたら答えよ。止める必要は無いぞ。私は…………ここで待つ」

 

 全員が邸宅から出た後。

 ニコラ達3人は玄関の前に立ち広い庭を眺めていた。

 都市長の庭園は、王都のほとんどの貴族のものよりも広かった。

 地方にはよくある話である。

 その庭に白い線を引くように、石畳の一本道が玄関から伸びていた。

 ちょうど先に出た隊長達の背中が見える。

 

 彼らの姿が見えなくなる頃、背後から足音が近づいた。

 たどたどしい足音だった。

「どうも、三極の皆様。わ私はいったい……どうすれば?」

 そこにいたのはマケールの従者であった。

 彼に自由を言い渡されたのだろう。

「門はあっちだ」

 マクシムはニヤニヤとした笑みを浮かべながら、南門の方角を指さした。

「い、いえ。私は戦闘なんて、皆さまの足を引っ張るようなことは」

 従者は慌てて手を横へ振りながらそう言うが、マクシムは彼の話を無視して南門を指さし続けた。

 そこへデッラが割って入る。

「市民が街の中央へ避難しています。そこへ行きなさい」

 そう言われた途端、従者の顔には笑みが浮かんだ。

 

 元から逃げるつもりだったのだろうが、誰かにそう言われるのを待っていたのだ。

 そして、マクシムと顔を合せないようにしながら3人の隣を小走りで通り過ぎていった。


「フッ、これだから坊ちゃんは」

「殿下の従者ですから位の高い家の者でしょうけど、幼少から従者として働いています。厳しい人生だと思いますよ」

「どうだか……、おい!」

 マクシムが従者を呼び止める。

「武器と鎧は置いていった方がいいぞ。逃げた兵の末路は…………んん゛」

 悲惨だ、とでも言うように首を横に振った。

 

 従者は返事をしなかったが、走りながら自分の鎧を器用に外して、横の庭園に投げ捨てていった。

 その様子にマクシムは性格の悪そうな笑い声をあげた。

 だが、この状況にニコラやデッラもつい笑みをこぼした。

「ハハハハハッ」


 今の状況を理解していないかのような3人の重なった笑い声は長く続いた。

 星空の下でいつまでも笑っていれば、朝は来ないとでも言うかのようだった。

 だが男ならば、その時は自らで選ばなければいけない。

「さて、これでお別れだ」

 そう言ったのはニコラであった。

 それにマクシムはこう返した。

「ユーゴには?」

 ニコラが首を振る。

 デッラが再度問う。

「いいのですか?」

「ああ、あいつとはこれが最後じゃない。そう感じるんだ」

「そうですか。では……」

 デッラは手を差し出し握手を求めた。

 ニコラが息子との再会を確信するように、デッラも確信していたのだ。

 これが最後であるとうことを。

 

 ニコラがデッラの手を握り、デッラは強く握り返した。

「ともに戦えたこと光栄です」

「……俺もだ」

 交えた言葉はそれだけだった。

 そして、マクシムとはもっと短かった。

「頼んだぞ」

「ああ……」

 

 最後に、ニコラは指輪に手をかけた。

 憂いは無い。

 迷いは無い。

 指輪を空へ掲げた。

 

 空に浮かぶ星々が繋がり、北へ光が飛ぶ。

 そして、帰ってきた光が地上のニコラを包み込んだ。

 次の瞬間、そこに彼はいなかった。

 

 代わりにいたのはニコラとは比べることも出来ない体の細い男だ。

 王都のニコラと場所を交換していたフラスクの守衛である。

「え、あ、私は」

 デッラは守衛を落ち着かせ、説明を行うと言った。

 だがその前に、守衛がなんの装備も付けていないことに気付いた。

 デッラとマクシムは二人で顔を合わせて笑った。

「…………そのあたりに剣と鎧が転がってるぞ」

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