フラスク市街戦
カル王国南方・都市フラスク。
都市長邸宅1階の大部屋。
コートデナール草原から318名の兵士がフラスクへ戻ってから3時間後。
たった今開かれた扉から数人の兵士がぞろぞろと入ってきた。
その時、先頭にいた男が部屋の半分を占める大きさの長机の上へ乱暴に兜と剣を置いた。
そのどちらにも汚れは無く、部屋を照らす魔法の光を映すほどの光沢を帯びている。
あの惨劇の戦場から帰ってきた物とは思えないほどである。
男はそのまま大部屋の最奥へ向かい、甲冑を着込んだ重い腰を椅子へ下ろした。
どこか品位に欠けるその行動に眉を顰める部下の視線を受けて、この男、カル王国軍精鋭大隊将軍<マケール・デルニエール・カル>が口を開いた。
「もう要らなだろう?それに……奴らの前でこれがなんの役に立つ?」
マケールは雑に手を振り、先ほど机に置いた兜と剣を示した。
先ほど眉を顰めた従者は目を逸らして黙る。
代わりに大部屋の扉の前に立っている兵士が問いに答える。
「希望です。全ての民の……、折れぬ希望です」
三極ニコラ・デルヴァンクールは短くそう答えた。
マケールの反応は薄かった。
ほとんど無反応である。
ただニコラを見る目だけが異質だった。
驚愕や恐怖、悲壮ではない。
決して心を通わせることの出来ない無機質なナニかを観察するような、そんな目だった。
「……そうか」
マケールは数度頷き、言葉を続けた。
「ではコートデナールに倒れた3108人の我が国最高の兵士達には支給されなかったのだな?希望という名の剣が」
「…………まだ我々がおります。諦めないでください。」
マケールヘ意見できるほど、ニコラの立場は高くない。
それも、将軍が戦争を諦めたと思わせるような発言は彼に何らかの罰を与えてもいいほどのものである。
だが身内しかいない場でそれが事実ならば、話は違う。
「フフフ、フハハッ。お前たちに何が出来る?」
マケールは部屋の中にいる3人を順に見た。
ニコラ、デッラ、マクシム。三極の三人がここに揃っていた。
「生き延びることか?部下と友を戦場に置いて?」
「ええ、そうとも!我々は生きている!3人だけではない。300人以上がフラスクへ戻れた。彼らの中にもまだ希望がにのこっているはずだ」
鈍い音と、乾いた鉄のぶつかる音が鳴った。
「戦場から逃げた者たちなどあの戦場で命を賭した英霊1人にさえ及ぶまい!ただの敗走を自らの力だと過信するものなら尚更だ!」
マケールはそう言い終えると、深呼吸を1つした。
彼の右手は震えていた。
篭手をつけたままの拳を机に叩きつけたのだ。
都市長お気に入りの高級木の机にはマケールの拳の下で凹みが出来ていることだろう。
「剣さえ抜かなかった指揮官だと……、下劣極まりないだろう」
そう続けたマケールの視線は机の上の剣に向けられていた。
傷も汚れも無い剣にである。
その時、大部屋の扉が突然に開かれた。
部屋の中にいる面々を考えれば、何の予告もなく開くなどという礼の欠いた行動は叱責ものだ。
だが、開かれた扉の向こうにいる若い兵士の顔に流れる滝のような汗と、汗が染みこんだか涙なのか、潤った瞳を見て、皆が察した。
「緊急か?」
ニコラが皆を代表して、兵士に喋らせた。
「はい!この周囲に、あいえ、この街の周囲に……」
「落ち着け」
呼吸の定まらぬ兵士をマクシムが止めた。
そして、「外していいぞ」と兵士のヘルムを指さした。
兵士はそれに従ってヘルムを脱いだ。
彼の短い髪はヘルムの中に籠った汗でたった今水を浴びたかのように濡れている。
その濡れた髪が外気に触れると、急速に冷えていった。
だがそれは彼の頭を物理的に冷やし、気持ちを落ち着かせるには十分な働きだった。
若い兵士は視界が晴れたかのように、ここでようやく周囲を見渡し部屋の中にいる面々に気付いた。
「失礼しました!私は」
「報告を続けろ」とマクシムが低い声で言った。
「は!…………、この都市の周囲にジャイアント族を確認しました」
この報告に反応したのは、マケールの従者だけだった。
他の者等は報告の続きを黙って促していた。
「都市城壁からおよそ400メートルの距離で、この街を囲むようにジャイアント族が並んでいます。敵最高戦力であるジャイアント族も確認しております」
マクシムは男の発言に眉を顰めて聞き返した。
「最高戦力ってのは、開戦前の情報で発覚した奴らのことだよな?」
マクシムのこの言葉を受けて、兵士も気づいた。
あの戦場で、最高戦力は別にいた。
「はっ、はい。あの白い大巨人やエルフは確認できておりません」
マクシムはそれを聞いて兵士に「戻っていいぞ」と命じたが、ニコラがそれを止めた。
「市民の避難状況は?」
「完了しております。誘導していた兵士もほとんどがこの近くの大通りに集合しております」
そうしてようやく兵士は部屋を出ていった。
扉が閉じるや否や皆が口々に話し始めた。
「速くねえか?俺らが戻ってきてそう経ってねえのに、なんで奴らは都市の北にまで行けてるんだ?」
「あのエルフがいないのなら、突破する機会は今しか無いのでは?」
「巨人と違ってエルフはどこにでも隠れられる。律儀に外で巨人と並ばないだろう。すでにこの都市の中にいてもおかしくない」
「ここで戦うのですか?都市長には戦況を伝えましたが、市民には訓練だと伝えているんですよ」
「それを信じる馬鹿はいねえよ」
「マクシム殿……言葉を慎んではいかがでしょうか!?」
マクシムやデッラ、数人の隊長達の苛烈な話し合いが続く中、黙っていた二人が口を開いた。
「閣下!命令を……」
ニコラが静かにそう言うと、他の者たちは自然と口を閉じた。
「好きにしろ」
「殿下!!」
ニコラの突然の怒号に隊長や従者は肩を震わせ、部屋の窓には亀裂が走った。
マケール・デルニエール・カル。
正真正銘の王族だ。
現国王サロマン・スカリオル・カルとは腹違いにはなるが、れっきとした王弟である。
ニコラがマケールを、将軍閣下ではなく殿下と呼んだのは、その王家の責任を問うたのであった。
ニコラはマケールが口を開く前に話し始めた。
「我々は戦争に負けました」
そう言いながら、ニコラは亀裂の入った窓に目をやった。
外の夜の暗闇を見たのだ。
「この夜にも多くが死ぬ。明日も、その先も、兵士だけでなく無辜の民の血さえ流れるかもしれない。だが、王国はまだあります。カル王国はいまだ、何ら形を変えることなく、ここにあります!戦士が集い造られたこの国には、最後の戦士の魂が消え去るまでは、最後の希望が捨てられるまでは、真に敗北はあり得ません!」
マケールは黙ってニコラの話を聞いた後、変わらぬ様子で彼の言葉を鼻で笑った。
「夢物語をまだ語るか?」
「……………………」
ニコラの揺るぎない瞳がその答えを示していた。
「その夢はまだそこにあるのか?」
「……………………ここに」
この胸の内に、そう言っているようだった。
マケールにも、その言葉は正しく聞こえていたみたいだ。
「ならばお前が生き残れ。魂も希望も、お前が守り生きろ。ニコラよ、王都へ戻れ!」




