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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
頂を知りたくなければ、戦場で空を見上げるな

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巨神兵(4)

 この少し前、正確には人の瞬きよりも短い時間だが、カラ・フォレストはまだ丘の上にいた。

 

 カラはその黄金色の瞳で戦場の全てを把握していた。

 召喚した巨神兵の視界を借りている訳では無い。

 彼女の2つの瞳だけで、カル王国兵士4300人(すでに半分以上が息絶えている)を正確に捉えていたのだ。

 特殊なスキルなどでは無い。

 ただ彼女にとって、彼らの動きがあまりにも緩慢であるため、それが容易だっただけである。


 当然、彼女には見えていた。

 戦場の最奥に設置された大弓も、その弓がこの状況になっても未だジャイアント族に狙いを定めていることも、ある男の指が大弓の引き金を引き始めたことも、そして解放される瞬間を待つワイヤーの留め具の振動さえも、カラ・フォレストの支配下にあったのだ。


「よろしい……では、悉くを切り伏せましょう」


 いつも薄く開かれた彼女の瞳が開かれた時。


 風が止んだ。


 巨神兵の躍動が止まった。

 兵士の悲鳴は響かず、彼等の鼓動さえも聞こえない。

 舞い上がった土煙は落ちず、そこに留まる。

 波打つように揺れていた草木は、まるで垂れることを知らないように風に吹かれたそのままの形で固まった。

 

 誰も動かない。

 何も動かない。

 <一瞬>の前に、全ては沈黙した。

 

 剣聖に世界が付いて来られなかったのだ。

 

 静寂の丘から飛び出したカラ。

 その丘で衝撃破が広がるよりも速く、彼女は戦場を飛び越えていた。

 高速で飛行するカラを止める物は何もないはずだが、彼女はカル王国の後方支援隊の上空でピタリと停止した。

 そして、ほとんどの者には知覚さえ出来ない閃光が彼女の手元から発せられた。

 その閃光が、空を切る彼女の剣に太陽の光が反射したものだと気づく者はいない。

 カラの地面への着地に続いて<降り落ちる>無数の斬撃だけがそこに存在した。

 

 一瞬で切り刻まれる大弓と周辺にいた兵士。

 地下まで届いた斬撃によって無数の四角柱のように盛り上がる大地。


 数千の兵士の逃げ道がこの瞬間に断たれた。

 だがその代わりに現れたのは、諦めを知らぬ兵士たちの勝利への道だった。

 前線より先の丘にいたはずのエルフ。突如そこに出現した方法は分からずとも、今はそこにいる。

 

 カラの背中へ兵士たちの怒号が響いた。

「エルフだ!奴を討てえ!」

「……<王殺>」

 振り向きざまに放たれるのは世界最強の斬撃。

 戦場の最後方から前線まで届く無慈悲の一閃。

 百戦錬磨の百の兵士の胴体がただ一振りで別たれた。


 それを目前にしても、カル王国の兵士から戦う意思は潰えない。

「あのエルフを殺せ!」「この大巨人を呼んだのは奴だ!奴を狙え!」

 戦う意思のある限り、敗北を無い。


 戦う意思のある限り、カラに手加減は無い。

 カラへ方向を変える騎兵を馬の頭もろとも斬り落とし、こちらに弓矢を向ける弓兵へ斬撃を飛ばす。

 剣を抜く者の腕を斬り、駆ける者の足を斬り、戦うの者の首を斬る。

 

 そして、カラはある男の前に立った。

 膝を地につけて肩で息をする男の首筋に冷たい刃が触れる。

 どれだけ振るってもどれだけ斬っても、彼女のロングソード<世界戦争>は引き抜いた瞬間と何ら変わらず、冷たく一切の血が付いていなかった。

 うつむく男の首を斬るのに力を加える必要は無い。

 重力に従わせて刃を滑らせるだけでよかった。

 だが、カラは直前で手を止めた。

「あら、これはもしかして……。やりすぎてしまった、ということかしら?」

 カラの周囲は骸の山だった。

「あらあら、ただ逃げるだけなら見逃したのですが……」

 

 カラは戦意を喪失化のような男から目を離してまだ動く兵士たちを探した。

 

 その瞬間、男は他人の血だまりの下に隠した手の中で短剣を握りしめた。

 ただ、握りしめただけであった。

 次の行動は無かった。

 なぜならほぼ同時に、その短剣の上に彼の頭が落ちたからである。


 いつ振り、いつ納めたのか分からないが、カラの剣はすでに鞘にしまわれていた。

「左右から抜け出した者たちがいくらかいますね。最後方にいた運の良い方々も……、3百ほどですか。ヘイゲンの言っていた計画に足りるでしょうか?」

 

 その時、カラはある視線を感じた。

 正確に言えばその視線に反応を返したのだ。

 ずっと気づいていた3つの視線。

 すでにカラの後ろへ逃げ延びた兵士たちの中のある3人の戦士。

 彼等に馬は無く、ただ低い丘に立ちカラを見下ろしていた。

 浮き上がる血管と血走る怒りの瞳でだ。

 

 そんな視線をものともせずにカラは表情を変えずに向き直った。

「一目で敵わぬと悟り、通り過ぎるまで視線さえ送ってこなかった3人。あなた達が三極ですね?」

 カラと彼等との距離はもはや会話が出来るほどの近さでは無かった。

 

 当然、この3人にカラの声は届いていなかった。

 彼女の問いに対する返答はない。

 だが、カラは答えをすでに得ていた。

 

 15体の巨神兵が遂にカラの横に立ったこの瞬間。

 それが意味するのは、もはや彼女の背後にカル王国精鋭兵は誰もいないということ。

 そうして、30の生気のない黄金色の瞳が草原に向けられる中でも、カラただ1人を見続ける3人。

 敵を真に理解しているのだ。

 そんな者たちをカル王国がどう呼ぶかは決まっている。


「よかった。では後程……あなた方には私から特別に会いに行きましょう。我が主の約束を果たさなくてはいけませんしね」

 カラはそう言って踵を返した。

 彼女の毛皮のマントがひるがえった瞬間、巨神兵の輪郭がぼやけ霧へと戻った。

 緑と赤の混じる戦場を覆い隠すように白い霧が広がっていく。

 カラが霧に隠れる直前。誰にも聞こえるほどのつぶやきが戦場に残された。

「哀れな王国よ。最後の夜を抱き眠りなさい……」

 

 丘の上に立ち尽くす男たち。

 エルフの姿が消えてようやく、真ん中に立つニコラが振り返った。

 ここまで走っていた時に一瞬だけ確認した息子の背中を探したのだ。

 発見するのに時間はかからなかった。

 

 安堵の息を漏らしたニコラに、デッラが声をかけた。

「あなたは今日ここに来るはずじゃなかった。王都でなにが?まさか」

「無事だ。王都も、陛下も……」

 その言葉にマクシムが嚙みついた。

「無事、か?国の端で起こったコレは王都の奴らとは関係なしか?ふざけるなよ。冬を超えたころには国のすべてがあの霧の中にあるだろうよ」

「……よせ」

 ニコラはまた霧に目を向けた。

 何かを言おうと口を開いたが言葉が見つからなかった。

 それは他の2人も似たようなものだった。

 そして結局を口にしたのは、意味のない空虚の命令だった。

「逃げ延びた者たちを追う。フラスクに戻るぞ」

 

 こうしてコートデナール草原の戦いは幕を下ろした。


 誰もこの戦いの結末を口にしない。

 只の一文字も歴史には記されない。

 ある邪悪の王の一言だけが空しくそこに残されるだけだった。


「ほ~ら、…………つまらない」


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