巨神兵(3)
ユーゴ・デルヴァンクールは全力で走りながらその光景をすべて見ていた。
15体の巨神兵。そして彼等が1歩ずつ確実に近づく様子。だれも彼らの歩みを止められない現状。
それでも、ユーゴ達の下には、ただ砂埃が風に乗せられ届くだけだった。
それ以外の届くものがあるとすれば、それは兵士の悲鳴だ。
衝撃と轟音のたびに、小さくなっていく兵士たちの悲鳴だった。
その惨劇に背中を追われながら、ユーゴはケネスとダンケンと共に走った。
「走れユーゴ!ケネス!もうすぐ後ろまで来てるぞ!」
ユーゴの全力疾走は馬よりも速い。ケネスやダンケンもそうだ。
だが、それは鎧を身に着けず、数百メートルの短距離の場合だ。
このコートデナール草原で速さを競うのは条件が悪かった。
「分かってるよ!ああもう!これ脱いでもいいかなぁ!?」
「うるせぇ!勝手にしろ!」
ユーゴとケネスは走りながら、そんな言い合いをしていた。
彼らの周囲には同じように巨神兵から逃げる精鋭兵たちがいる。
だれも彼らの言い合いなど気にしていない。全員が死に物狂いで走っていた。
その時、ユーゴの肩にコツンと何かが当たった。
その次の瞬間、ユーゴ達の前を走っていた兵士の頭上に石礫が降り注いだ。
兵士たちは途端に力なく崩れ落ち、地面を数度転がり滑る間に人の形ではなくなっていた。
「構うな!走れ!」
ダンケンが叫ぶ。それと同時に、ついに地面にめり込み動かなくなった元兵士を飛び越えた。
構う余裕など最初からある訳がない。
転ばないように必死だった。
そこで偶然、肩の汚れが視界に入った。
深紅の汚れ。血だ。
彼の出血ではない。
出血だったとしても気にするつもりもない。
そう考えた時、ユーゴはちょうど倒れた兵士を飛び越えた。
そこでまた目にしてしまった。
地面を転がる間に四肢がもげた男のヘルムにめり込んだのは、別の誰かの頭蓋だった。
つまりユーゴの頭上を越えて前方に降り注いだのは、石礫では無かったということだ。
同じ光景を目にしたのだろうケネスが変わらず口を開いた。
「脱がなくて助かったな!」
「あんなのが当たれば関係ねえよ!と言うか今の奴も全身つけてただろ!?」
「なにしてるんだ!逃げろ!」
突然のダンケンの咆哮に2人が驚く。
そして、すぐにそう言われたのが自分たちではないことに気づいた。
シャモネ達・西方精鋭隊第14部隊がまだ大弓の前にいたのだ。
「シャモネ達だ!ってあいつら何してんだ!?なんでまだあそこにいるんだよ!」
「いや、助かった!少しでも時間を稼げ!撃て!速くなんか撃て!」
ケネスが頭の上で腕を回すジェスチャーでそう叫ぶ。
だがユーゴは黙っていた。
もう何もしても意味は無い。
今はただ逃げるしか出来ない。
残念だが、彼はそれを理解していたわけではない。
ユーゴは、シャモネ達の隣に設置された大弓の台座に近づく男を見ていたのだ。
西方精鋭隊第14部隊に与えられた設置型大弓は3台。
その1つに手を伸ばすのは、兄が前線にいるんだと話していた気の良い男だ。
今は、怒りに囚われた悲しい男に見えた。
彼の視線の先にはジャイアント族がいる。
巨神兵による振動で大盾が動き、彼らが築いた壁にわずかな隙間が出来ていたのだ。
小さな復讐を果たすには、最高の隙だった。
この時、ユーゴが何を感じたのかは彼自身にも分からない。
言葉に出来ない悪寒があったのか、それとも未来の英雄の運命がそうさせたのか。
ユーゴは剣を抜き、逆手に持ち替え、投げた。
一直線に飛ぶ剣は弓よりも早く、正確に、シャモネの腕をかすりながら彼女の目の前の大弓に突き刺さった。
「離れろおぉ!」
小さな悲鳴を上げながら、後ろへ姿勢を崩すシャモネ。
その隣で、男は確実に狙いを定め、引き金に指を置いた。
そして、空から飛来した斬撃が、草原に設置されたすべての大弓とその周囲に立つ者達を、裁断した。




