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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
頂を知りたくなければ、戦場で空を見上げるな

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巨神兵(2)

 三極のニコラがそう叫んだ。

 

 彼自身も見たことのない光景に息を呑み動けなかった者の1人だが、撤退の決断までの判断は誰よりも速かった。

 撤退を選ぶこと。それは弱さではない。

 これまでの人生では絶対にありえない光景を前に、敗北を悟り決断をすることが弱さであるはずが無かった。

 だが、彼の顔には明らかに恐怖の感情があった。

「……エルフ!?なぜ気付かなかった?いやずっと視界に入っていたはずだ。敵だと認識出来なかったのか?この瞬間まで?これが魔王……、常識は通用しないか!」

 

 ニコラは周囲に「走れ!逃げろ!」と言いながら、自身はその場に立ち止まったままだった。

 馬に乗る者達がニコラの横を通り過ぎていく中、落馬した者や歩兵はまだ巨神兵の攻撃範囲から逃れられていない。

 彼らの逃げる時間を稼ぐ必要があったのだ。


 その時、ニコラはジャイアント族が盾で作った要塞のような陣形を見た。

 彼らの円形の要塞は巨神兵が暴れる今なお、崩れることは無かった。

 盾の後ろに隠れるジャイアント族にも巨神兵の姿は当然見えているはずだ。

 それでも逃げるそぶりが一切ないところを見ると、この巨神兵とエルフはジャイアント族側の戦力だということだ。

「この大巨人の攻撃は奴らにはいかないはず。あそこに近づけば、少しでも被害を減らせるか…………。いいや、戦場に留まれば留まるほど危険だ、今は逃げるしかないな」

 

 そしてニコラは走った。

 当然、巨神兵に向かって一直線にだ。

 正面の巨神兵の武器は一振りの剣。

 ニコラと同じ。違いはサイズのみ。

 その違いは、ニコラに攻撃を躊躇わせる理由にはならない。

「全員そのまま!フラスクまで走れ!……<百戦剛剣>!」

 

 巨神兵が剣を振り上げる。

 誰を狙ったのかは分からない。

 ニコラ達には建物のような大きさの剣だ。

 狙いなど無くても、それが地面に振り下ろされるだけで容易く人が死ぬ。

 

 だからこそ、ニコラがそれをさせない。

 彼のスキルによる剣圧と巨神兵の剣が空中でぶつかる。

 巨神兵の剣が空気の壁にぶつかったように制止する。巨神兵が剣を押し込もうとする体勢だけが、空中での衝突の力強さを物語っていた。

 

「百戦剛剣で振り下ろしを止めるだけか!?鋼鉄の城壁を穿てる威力だぞ!」

 様子見の手加減など無い本気の攻撃でさえ敵の体勢さえ崩せなかった。

 その結果にニコラが驚愕している内に、巨神兵が次の攻撃を繰り出そうとしている。

 躊躇した次の瞬間には敵の剣が頭上にあるのだ。次の手を迷っている暇はない。

「全力の<百戦>で足りないなら、<万国>を見せてやる!」

 ニコラはさらに前に出る。

 もう彼の前に兵士は誰も無い。

 

 本気の全力だ。


 彼の視界にはもはや巨神兵の横振りによる剣は映っていない。

 腕が膨れ上がり、首筋にまで血管が浮き出る。

 地面スレスレを通りながら、上へ昇る剣に速さは無い。

 そこにあるのは鋭さではなく、まるで空間ごと巻き込むような圧力だった。

「<万国覇権>!」

 一瞬の静寂の後、巨神兵の胸に衝撃が走る。

 

 巨神兵の片足を浮かせるほどの威力。

 体勢を大きく崩したことで彼の攻撃は空振りとなり、風圧が草原の遠くまで届いた。


「オオオオオオ!」

 振り返るなと言われた兵士たちが、ニコラの背中に驚嘆と歓喜の声を上げた。

 それと同時、巨神兵が倒れそうな体を支えるため1歩後退した。その足の着地によって草原に轟音が轟いた。


 それに苦い顔をした男はただ1人。

 ニコラ本人であった。

 彼には聞こえなかったのだ。

 巨神兵の後退の2歩目の足音が無かったのである。

「見誤った!こいつは俺よりも……、クソ!」


 数秒で体勢を戻す巨神兵。


 巨神兵は引いた足をすぐに戻し、そして膝を曲げた。

 人間の構造をしている以上、その後の動きは想像できる。

 そのサイズでは想像し難いことではあるが、それは跳躍の体勢だった。


「な!止せ!……逃げろぉ!」

 

 ニコラが後方へ叫ぶ瞬間、目にしたのは足を止める兵士たちの姿だった。

 彼らは一様に空を見上げていた。

 太陽に照らされる数百の兵士たち。ただニコラだけが影の下だった。

 巨神兵はもうニコラの頭上にいたのである。

 

 大剣を振りかざしながら、空を跳んでいたのだ。

 そして巨神兵の剣が、その着地と同時に地面に穴を開けた。

 

 150メートルを超える生物の重さなど想像できないが、巨神兵の着地による衝撃を見るとその重さは彼らが出来る想像以上だろう。

 巨神兵が立ち上がると同時に地面から抜き放たれた剣が、精鋭兵たちを肉塊へと変えていく。

 それだけでなく、衝撃で吹き飛んだ土塊や岩の塊さえもが簡単に人の命を奪っていった。

 まさしく虫けらのように命が散らされていたのだ。

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