巨神兵
太陽は頂点に昇った。
小さな太陽が大きな太陽と重なり、この時間だけは草原を照らす陽は1つだけだった。
気温も風も冷たいが、ただ日光だけは暖かった。
草原に独り立つエルフの冷たい視線と異常な霧さえ無ければ、横になって目を閉じたいほどの心地だろう。
これが彼らの最後になるかもしれないのだから。
コートデナール草原に突如現れた霧は空高くまで立ち上がり、風が吹こうともその形を崩さなかった。
カラ・フォレストはその霧の下で長い髪と鎧に付けられた毛皮のマントを風になびかせた。
そして、彼女の金色の瞳が草原に立つすべての者に向けられる。
「……カル王国の兵士よ、誇りなさい。この死はあなた達がこの戦いを勝利したが故なのです」
声を張り上げる訳でもなく、拡声効果を持つアイテムやスキルを使っている訳でもない。
ただ静かに、自分へ聞かせるほどの小さな声で続けた。
「あなた達の魂はこの剣が永劫の先へと送ります。だから、ただ誇りなさい…………、この虫けらのごとき死を」
カラは腰の左に下げられた長剣を抜く。180を超える身長でも、腰に下げた長剣を抜くのは難しい。
そのため、左足を引き斜めに構え、長い指で柄ではなく鍔を掴まなければいけなかった。
手が伸びるところまで引ききってもまだ刀身は鞘から抜けないが、あと少しだった。
その最後を彼女は手首を返して、文字通りに前へ一押しする。
<世界戦争>。
そう名付けられた長剣がついに彼女の手の中に収められた。
カラはゆっくりと剣先を上げる。
鋭い剣のはずだが、優しささえ感じるその動きは空気を切り裂かずに羽衣を持ち上げるように撫でる錯覚を見た。
だが、世界は騙されなかった。
風向きが変わった。
風がカラの背中を押した。
カル王国の行く手を阻んだ。
自然さえもそうせざるを得なかったのだ。
金色の瞳の視線と剣の向けられた先が草原の彼方で交わ時、剣聖の号令を止めるものは何も無かった。
「巨神兵、前進せよ!」
霧の中にあった影が完全に形を成した。
頭、肩、腕、腰、手、足。
そこにいるのは間違いなく人間だ。
ただし、空を突くかのごとき大きさの人間であった。
巨神兵と呼ばれた影が霧を押しのけながら近づく。
ただ一歩。
たった一歩。
ブゥオオと、前へ進む足が発生させる風の音がいくつも重なる。
そして、轟音と地鳴りが草原を揺らした。
巨神兵が霧から出てきたのだ。
<すべて>の巨神兵がコートデナール草原の大地を踏みしめたのだ。
最初に目に入ったのは巨神兵の白い鎧。光沢は無く石膏のような石か何かの材質だった。
だが、体自体が石で出来ている訳では無かった。
その証拠に、鎧はしっかりとそれぞれの部位で独立しており、関節が動かせるようになっていたのだ。
鎧よりも中身が柔らかいのだ。
だからこそなのだろう。
全身を覆う鎧に隙間は無く、その下の肌などは一切見ることが出来ない。
ただ一つ確認できるのは、兜の隙間のみ。
もはやその高さへの攻撃は不可能と考えたのか、目元が大きく開けていた。
瞳の色は主人と同じ黄金色。より太陽に近いからか本物の黄金ように輝いていた。
そして、瞳と共に光を反射する物がもう1つだけあった。
その手に持つ剣、槍、斧、斧槍や大剣の刃である。
150メートルを超える身長。
全身を覆う鎧。
武器と形容できるかも怪しい大きさの武器。
これこそが<世界戦争>によって召喚された<巨神兵>。
それが15体である。
立ち並ぶ巨神兵の下で、カラは最後の号令を出さずにいた。
その代わりに、また静かに呟いていた。
「あなた達は最後を前にして何を思うのでしょう。恐怖?後悔?それとも怒りでしょうか?」
いつの間にか霧が消えて、15体の大巨人とエルフが残された光景の前で兵士たちは動けずにいた。
カル王国・最精鋭の1人は震えを押さえながら呟いた。
「ありえない。これは現実じゃない」
また、カラは続ける。
「死を前に抗うことは無意味ですか?いいえ、戦士ならば、戦士の魂を持つならば、最後まで抗いなさい」
また一人、兵士が口を開く。
「これはハリボテだ。幻術だ!」
「命の上で戦い続けたからこそ、その魂は誇りになるのです。だからどうか諦めることの無いようにお願いします」
「あのエルフが何かしてるんだ!魔法でも弓でもいい、攻撃が当たれば幻術を消え去るはずだ!」
「なぜなら私の使命が、あなた達の意志を挫くことですから……、巨神兵よ。……薙ぎ払え」
「惑わされるな!戦え!戦ええええ!」
たった数人の兵士が声を張り上げた。
だが、もはやそれは雑音でしかなかった。
巨神兵が構えたのだ。
ハリボテにしてはその構えはあまりにも力強く、幻術にしては彼等が立つ地面はその踏み込みに対して沈み込み過ぎていた。
精鋭たちは誰も動けなかった。
だが誰も逃げなかった。
まだその時では無い。
敵の一手を目にしない内に逃走など出来る訳が無い。
それに、撤退の号令がまだ無かったんのだ。
「衝撃に備えろぉ!」
誰かの声が響いた。
カル王国の過ちは知らなかったということだけなのだ。
敵を知らなかった。
フィセラのことではない。
巨神兵のレベルだ。
アンフル基準のそのレベルは彼らの巨大さえ故ではあるがそれでも余りある力を、彼らは知らないのだ。
巨神兵のレベルは90レベル。
この世界の基準ならば大英雄と称される強さである。
もう一度言おう。
巨神兵のレベルは90レベル。
それが、15体である。
巨神兵の一閃。
衝撃に耐える。そんなことは不可能だ。
一振りを目で追うことさえも不可能だ。
精鋭ごときが90レベルを前に抗うことなど出来る訳が無いのだ。
なぜならば、巨神兵の一振りが終わった瞬間、それを叫んでいた精鋭兵たちはめくれ上がった草原の大地の土塊の中で、物言わぬ肉塊となっているのだから。
その瞬間、轟音の中で聞き覚えのある咆哮が兵士たちに届いた。
「撤退だぁ!退けえええええええ!」




