剣聖
「……タイムアップってところね。いいよカラ…………、始めようか」
フィセラはゲナの決戦砦・頂上の玉座でそう口にした。
当然、独り言ではない。
コートデナール草原にいるカラと<通信>魔法で繋がっていた。
「承知いたしました」
カラはそう言い終えると、それ以上何も言わなかった。
フィセラにもこれ以上伝えることは無いため、互いに数秒の沈黙を待って通信を切った。
フィセラは玉座に背中を預けて体の力を抜いた。
そのせいで玉座から滑り落ちそうになるところを、伸ばした足がブレーキとなり止まる。
威厳などみじんも無い姿勢である。
だが、それを咎める者はこの場にいない。
するとしてもヘイゲンくらいだが、今日の彼は口数が少なかった。
おそらくはフィセラに合わせたのだろう。
彼女はアンフルではいつだって戦いと物語の最前線にいた。
自らの足で立ち、自らの言葉を使い、自らの武器を使って来た。
その果てにとある称号も手に入れたのだ。
他人から非難されるような行動に躊躇いは無い。
だが、それを誰かに行わせることには慣れていなかった。
まるでこの状況のように、カラのすべてを任せ自分はそれを鑑賞している今のことだ。
だが彼女はその状況が好きではないと言うことに未だ気付かず、ただ無意識に心の違和感が顔に出ていた。
ヘイゲンは敏感にそれを察していたのだ。
フィセラは腰を痛めそうな姿勢のまま、ヘイゲンが空中に映し出したコートデナール草原を見続けた。
「かわいそうに……」
それはこれから起こる惨劇を前に、カル王国に同情する言葉では無い。
ジャイアント族たちに向けられた言葉だった。
――ここで負けるようじゃ……、そういう運命だったのね。この山の裏でゴブリンたちに飲み込まれるか、逃げた先でカル王国に存在を消されるか。フフッ、ゴブリンと王国の間ですりつぶされる運を私が変えてあげたのかな?そうだといいわね。誰かが死ぬだけの物語じゃ面白くないわ。
「このぐらい劇的じゃなきゃね。…………それにしても本当に弱かったわね。アルゴルが多少頑張ったみたいだけど、兵士はまだまだ残ってる。二度とおかしなことが出来ないように、今回は徹底的にやらなきゃだから、カラには頑張ってもらうことになるわね」
フィセラはカラの保有する能力を思い出しながら、彼女の戦い方をイメージした。
――とりあえずアレは使うんだろうなぁ。問題なのは何を召喚するかだけど、この数相手だと…………。
「うん?」
突然、草原を映していた画面が消えた。
魔法は変わらず発動している。その証拠に半透明の薄いガラスのようなスクリーンは宙に浮いたままである。
ただ画面が移すのは白い靄だけだったのだ。
「……申し訳ありません。位置が重なったようです」
ヘイゲンがそう言って、杖をほんの少しだけ倒した。
まるで、画面の向こうのカメラの位置を変えているようだった。
「重なるってこんあところで……、あ」
たかが草原の上空数百メートルで重なるものがあるのかと思ったところへ、ヘイゲンが画角を変えたことによりすべてが映し出された。
カラの背後に白い壁が出現していた。
それは横へ数キロ、縦に200メートルはある。
カラや草原の緑をうっすらと残す最下部を見ると、それが本当の壁ではなく白い霧であることが分かった。
そして、フィセラはその光景に覚えがあった。
――アレを発動させたときに何種類かのエフェクトがあるけど、これはその中でも……。あー、マジかよ。
「…………<剣聖は手加減を知らない>は本当だったわ」
およそ1年前。
Unfulfilled wishで開催された全プレイヤー参加の第5回目のワールドクエスト。
そのクエストが終了してから、数日経過したある日のこと。
ゲナの決戦砦の集合広間にて。
10人以上のギルドメンバーが集まる珍しい日だったのだが、全員が黙ってコンソールを触っていた。
アイテムポーチの整理、保有スキルの確認、あるいはゲーム内からでも見られるプレイヤーズニュースの閲覧。
ゲームの中だと言うのに現実での暇つぶしのようなことをするメンバーの姿を見て、先ほどログインしたばかりの紫色の全身鎧の金髪美女<怒羅権>が口を開いた。
「…………いや、外行けよ」




