物語は人知れずに(5)
コートデナール草原の外れ。
地図上では草原の外ではあるが、まだ景色は緑の丘に囲まれた大地である。
そこに男はいた。
英雄語り。
英雄の唄。
英雄の代弁者。
男は多くの名前で呼ばれてきたが、行って来たことは1つだけだった。
ただ、英雄の隣に立ち続けたのだ。
ただそれだけである。
だがいつしか、英雄の<……>、その次の言葉を必要としなくなっていたのだ。
そして今日、男は英雄としての使命を胸に動いていた。
男はとある魔女との戦闘から離脱して、この草原で立ち止まっていたのである。
冷たい風は首筋を伝わる汗に触れ、上がった体温を下げた。
だが、額から垂れる汗はすこしも収まる気が無かった。
そして、つい今まで彼の体を支えていた両足から突然力が抜け、勢いよく膝を地面に着かせた。
「ハァハァハァハァ!」
息は乱れ、視界が歪む。
「ハァハァ……はぁ……、はぁ」
男はすぐに呼吸を落ち着かせ、最後は空を仰ぎながら深呼吸をした。
「ぎりぎりだった。あれ以上踏み込めば無事では済まなかった。何なんだあのエルフは?」
男はエルフの姿を思い出した。
記憶の中にあるエルフとはかけ離れた姿だった。
「エルフかどうかも怪しいな」
男はそこまで口にして気づいた。
種族など問題では無いのだ。
「魔王?……いや、あのエルフは俺をあの先へ行かせないようにしていた。魔王がそんなことをする訳が無い。なら、なんだ?」
その答えは簡単だ。
だがそれを口にすれば、問題がさらに多くなることが分かっていた。
それでも、無視するには多すぎる問題だ。
「森の奥に魔王がいる?アレはただの配下?あれだけで通常の魔王と同程度の脅威だぞ。それに……、配下は何人いる?たった一人いる最強の配下を森の入口に置く?そんな訳が無い。あのレベルが他にもいたとしたら?いや、確実にいる!」
男はアゾク大森林に向かう前にあることをしていた。
それは、コートデナール草原での戦いの監視だ。
カル王国とジャイアント族との戦争。
そこで、見慣れない者を確かに目にしていた。
「エルフがいた!あの魔女の風貌のエルフとは全く姿が違うが、あれも魔王に繋がっているのなら、あの場所にいることの説明がつく」
瞬間、男の拳が草原に叩きつけられる。
「クソが!なぜもっと早く動かなかった!?中央守護の無能どもだ!」
力の加減が出来ず地面にめり込んでしまった手を抜きながら、男はそのまま立ち上がる。
「魔王本人の実力が無くても、配下が魔王と同等の力をもっていれば、それが複数いるとしたら……。間違いなく等級はドミニ……!」
その時、風が止んだ。
より正確に言えば、空気の流れが止まった。
その原因は明快だった。
草原の丘の向こうに突如出現した霧。
それは、あのエルフがいた方角とほぼ同じだった。
男は目を細めた。
彼の視力は悪くない。百メートル離れた地面にいる虫の数を正確に数えられる程の良さだ。
だが男は視界に映ったそれを自分の勘違いであると思った。
それがその高さにあるはずが無いからだ。
「あれは、人か?」
霧の中に人影のようなものがあった。
断言できない理由はただ一つ。
影の大きさは、男が知る巨人の大きさの20倍以上だった。




