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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
頂を知りたくなければ、戦場で空を見上げるな

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201/203

物語は人知れずに(3)

 目の前の男にはこの場から引くつもりは無いようだった。

 当然それはベカも同じだが、胸に立つ波の大きさは彼女の方が大きかった。

 ――俺が<俺>として生を受けて初めてのマジの戦いだ。いつかのダークエルフの雑魚とは違う。俺のこの肉体が<本物>かどうか、ようやく試せる!

 

 彼女たちNPCは自分が<NPC>であることは理解していた。

 ゲームと現実。

 キャラメイクと設定。

 プレイヤーとノンプレイヤーキャラクター。

 すべてを正確に理解しているのだ。

 そして、彼女たちは自分の力を与えられたものであることも把握していた。

 彼女たちの脳はその力のすべてを扱えると言う。

 だが、そう思っているだけの設定ではないのか、という疑問もあった。

 だからこそ、ベカは興奮していた。

 今日、その疑問が晴らせるのだから。


 ――こいつ……落ち着いているな。俺の魔力は視えてるはずだが、動揺してる雰囲気も無い。あのダークエルフ共の数段上か?まあ、問題はねえ。本気を試すんだ……、サンドバックが弱いんじゃ話にならねえからな!

 ベカは地面に突き刺した黄金の長杖を引き抜いて、上側を下におろして構えた。

「おら、来いよ」

 ベカは敵に笑みを向けた。

 だが、その敵は銀色に包まれた両腕を前に突き出し構えるだけで、表情ひとつ変えなかった。

 ――こいつ……、見るからに近接戦が得意そうだが、誘うか?

「ふん!これで死んだら笑えるぜ。<ファイアボール>」

 

 詠唱に従い杖の先端に火の玉が造られる。

 地面のすぐ上に出現した火球は、瞬時に周囲の草木の水分を奪い、枯れた草木は温度の上昇のみで自然発火し始めた。

 火球の表面には渦が出来上がり不気味に脈打っていた。

 明らかに普通では無かった。

 だが、これが120レベルのベカ・イムフォレストの<ファイアボール>であった。


 ベカは空気の流れに沿うように杖を動かした。

 火球はその杖の後を追うように遅れて動き出す。

 杖の先端が男に向けられようとしたその瞬間、ベカは男の動きを捉えた。

 男は握っていた拳を解き、手のひらをベカに向けていた。

 そこに攻撃の意図は感じられない。それどころか、戦う意思さえ失ったような目をしているのだ。

 そして、ある言葉を耳にした。


「<止せ>」


 その言葉を聞いた瞬間、ベカは手を止めた。

 火球は吹かれた蝋燭の火のようにフッと消えてなくなった。

 ベカは驚いた顔で自分の杖を見た。

 

 ――あ?なぜ止めた?なぜ……、俺は手を止めたんだ?

 

 敵が何を言おうと、攻撃の手を中断するつもりは無かった。

 それなのに、彼女は発動させた魔法さえキャンセルしたのだ。


「てめえ何を、クソ!」

 男はすでに次に行動を起こしていた。

「<大神胎動>」

 男はそう呟くと同時に地面を強く踏んだ。

 すると、地面が波打った。

 あの程度の踏み込みでは絶対に発生しない大きな揺れである。

 ベカは押し寄せる大地の波の中で、立っているだけで精一杯だ。


 その時、手を地面に付けまいと姿勢を維持する彼女の視界に足が映った。


 自分の足ではない3本目の足だ。


 ベカは状況を理解したが、肉体の動きがあまりにも遅かった。

 その反対に、ベカとの距離を一瞬で詰めた足の主の動きはとても速かった。

 

「ぐぅ!」

 うめき声が鳴り、地面を見ていたはずのベカの視界が次の瞬間には空を向けられていた。

 ベカの顎を男が蹴り上げたのだ。

 

 雲1つない青空の下で、ベカはすぐそばに男の気配を感じた。

 追撃の手が来る。

 そう思った瞬間、喉に激痛を感じた。

 

 頭を上げてさらけ出された喉に男の貫手が突き刺さっていた。

 

 呼吸が遮断され、一気に体温が上がる。

 だが意識までは失わない。

 魔力を杖に送った瞬間、ベカは力なく地面に倒れた。

 

 男がベカの魔力の起こりを感じて、距離を取ったようだ。

 だが、まだそこにいる気配は感じている。

 ベカは倒れたまま瞳だけを動かして男の姿を見ようとするが、視界には男の影さえ映らなかった。

 ――ダメージはあるが致命的じゃない。だが、声が出ねえな。人の構造をしているんだからこれも当然か。

 そうして、ベカはめんどくさそうに立ち上がった。

 

 何でもないかのように立ち上がる彼女の様子を見た男が口を開く。

「肉体強化無しで俺の貫手を…………、純粋な魔術師にしては頑丈だな。でも十分だ。もう声は出せないぞ」

「…………」

 ベカは言い返そうとしたが、彼の言う通り喉が潰されている状況につい顔をしかめる。

 ――クソが、声が出なきゃ詠唱は無理だと?魔法は使えねえと?……舐めるなよガキが。

 

「侮りは無いさ。さっきの魔法で分かる。あなたは英雄級を超えた魔術師だ。なら、無詠唱でも魔法は発動できるだろう」


 ベカは驚いた反応をして、すぐに冷静を振る舞った。

 心を読んだのかと思われたが、状況的に彼女が無詠唱を使うことは簡単に推測できる。

 ――こんなの十数秒すれば治る。なにか回復魔法を使ってもいいが、その暇はくれなさそうだ。


 男は話を続けた。

「だが、無詠唱では魔法の出現速度も効率も一段落ちる。早くここを終わらてこの先に行かなくてはいけないんだ。すまないが、死んでくれ」

 男の話は終わったようだ。

 その証拠に、すでに男は動いていた。

 

 ベカとの距離はもう半分。

 

 ――確かに無詠唱での魔法行使には効果の制限がある。この世界でも同じなのか?だが、勘違いはよくねえな。無詠唱魔法はな……、自分に掛ける場合はほとんど制限ねえんだよ。

 男がすぐ眼前に迫った時、ベカは心の中で魔法を唱える。

 ――<心臓を持った手>。

 ベカは顔を隠すように左手を前に出した。

 それは男のさっきほどのような顎や喉を狙った攻撃を避ける動作に見えた。

 まるで攻撃を恐れているような恰好だ。


 だが、ベカがいまさらそんな素振りを見せる訳が無い。

 彼女を知らぬこの男もその程度は分かっていた。

 だから男に手加減は無い。

「その腕もらうぞ。<天地逆転>」

 ベカの手首が男に握られ、そして捩じられた。

 男の腕の回転を考えても、他人の腕を捩じられる角度には限界がある。

 その常識がここでは通用しなかった。


 男が手首を回した瞬間。捩じられたのは彼女の腕ではなく、腕を取り囲む空間そのものだった。

 その捻じ曲がる空間に巻き込まれるようにベカの左腕は変形していった。

 骨は容易く折れ、肉を突き破り、血液がいたるところから噴き出す。


 ベカの頬にその血が飛び散る。

 その顔は歪んでいた。

 痛みにではない。

 恐ろしいほどの狂気の笑みによってである。

 ――<サクリファイシオ・ヴィヴィエンテ>。

 ベカはその歪んだ瞳を男に向け続けた。

 

 ――<なぜ我らは永遠の火に焼かれた>!

 瞳は変形し、まるで山羊のように横に広がる瞳孔が男の振り上げる拳を捉えた。


 彼はその狂気を前にしても、その拳を握り続けていた。

 狂気や恐怖に支配されずにその拳をベカの顔へ放とうしたのだ。

 だが、ついに手を止めてしまった。

 悲鳴が聞こえたのだ。

 地下深くから響くような低く深く冷たい悲鳴がすぐ耳元で聞こえたのだ。

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「アアアア!」

「ぁぁぁぁあああああああああ!」

「ァ゛ア゛ア゛ア゛!」 


 ベカの背後に影が差し、暗闇から4つの山羊の頭が現れる。

 低く叫ぶ鳴き声は山羊のそれでは無い。明らかに人間のものだった。

 それよりも異様なのは、頭だけでベカの身長を超える大きさと、すでに十メートルは超えている長い首である。

 山羊の胴体はなく、影の中から巨大山羊の頭と首だけが出現したのだ。

 1頭は隣の巨木ヘ頭を打ち付け、1頭は長い首をしならせながら地面に顔をうずめ、1頭は届くはずも無い空へ延びながら叫んでいる。

 そして、最後の1頭は血走った目で男を見ていた。

 

 それらの下にベカは立っていた。

 ベカはそこで、原型を失った左腕を持ち上げてこう言っていた。

「ああ、いてぇなマジで!殺すぞてめえ!」

 

 男はこの時再度ベカから距離を取っていた。

 それも最初の位置よりも遠くにである。

「……やはり悪か」

「あ?ふざけんなよ。俺はこっち来てから悪いことなんてな~んにもしないぜ?」

「存在が……いやいい。もう、問答は不要だ」

「ハッ!まあその方がいい。俺もようやく……熱くなってきたところだしなぁ!」

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