コートデナールの巨人たち(12)
そこにいたのは敵であった巨人よりも恐ろしい形相をする隊長のダンケンだった。
ユーゴが乾いた笑みをこぼして口を開く前に、ヘルムがへこんだんじゃないかと思う程の勢いで拳骨が落とされた。
ユーゴとケネスの2人ともに、である。
「いたぁ!」
「なんで俺も!?」
ガントレットをつけたまま握られた拳は鉄の塊と変わりはない。
説教の前の仕置きにしてはダメージが大きすぎるのでは、と思いながらユーゴはダンケンの顔を見上げた。
「申し訳ありません。勝手な行動をしました」
「…………はぁ。生きてりゃいい。成長も、後悔も、俺のこの怒りを晴らすことも生きてなきゃできないんだからな」
ダンケンは震える拳を見せつけてきた。
「は、はい」
ユーゴは2発目の拳骨が来るかと構えたが、その拳が落とされたのは彼ではなくケネスだった。
「それで、なんでお前もここにいるんだ!?」
「ぅお……」とケネスは呻きながら頭を抱えた。
「待機を命じただろうが、俺の隊の見た顔がいると思ったら、お前だった時の気持ちが分かるか?」
「いえ、ユーゴを連れ戻すお手伝いをしようかと、思いまして……」
「ああ?」
「すみませんでした!」
勢いよく頭を下げるケネス。
ユーゴもつられて一緒に頭を下げた。
その2人にダンケンはため息を漏らしながら言葉をかけた。
もうそこには怒気はこもっていないようだった。
「馬鹿どもが、戦場で下を向くな。常に前を向いてろ」
そう言われて顔を上げた先には、ダンケンのヘルムの隙間から見える彼の瞳があった。
「戦場で足が止まる奴よりは、勝手に足が動き出すような馬鹿の方が強くなる。まあ、その分すぐ死ぬがな…………、今日のところはそれでも死ななかった奴らに任せておけばいいんだ」
「陽が落ちた後の奇襲作戦ですか?」
ダンケンは彼らの周囲で再度巨人たちの包囲円を作ろうとする仲間たちの姿をみながら、ゆっくりと頷いた。
今回の戦争において、カル王国軍には戦争終結まで時間をかけるつもりが無かった。
軍本部は3段階の戦闘ですべてを終わらせる作戦を立てたのである。
それはまず、コートデナール草原で正面からの衝突による敵の消耗。王国側の被害を最低限にしつつ、遠距離武器による敵の数および体力を削ることが目的だった。
次に、頃合いを見てジャイアント族をアゾク大森林に撤退させること。この時、参戦するのは三極と彼らが指名する最高精鋭兵のみ。
ジャイアント族側の主力戦力はここで排除することが必須であり、そのための精鋭兵の多少の犠牲も作戦には組み込まれていた。
第1段階の作戦には、この夜間の奇襲作戦の成功のためにも三極の体力消耗は極力避けることが条件にあった。
ダンケンはこの作戦を思い出しながら、こう口をこぼした。
「すぐに動き始めちまったニコラさんを責めるべきか、敵の主力をすこしも抑えられなかった俺らを責めるべきか」
第3段階は単純である。
残ったジャイアント族の掃討だ。
アゾク大森林から上がる劫火を見ることになっても、「ジャイアント族」という雑草の根を焼き尽くさなければいけなかった。
ダンケンはコートデナール草原の向こう側にあるアゾク大森林を包み込む大火の幻を見て、眉をひそめた。
それが人に許された行為なのかどうか。
それは人が考えることであり、兵士のすることではなかった。
「とにかく、俺らには俺らのするべきことがある。与えられた役割を無視するな」
ダンケンはユーゴの顔を見ながら呟いた。
「それに、こんな戦いで英雄なんて呼ばれても意味はねえぞ」
「え?それはどういう……」
その時、すぐ近くを馬が駆けて行った。
騎手を失くした馬が独りで走っていたのだ。
馬が向かう先は偶然にもシャモネ達がいる方角だった。
それに気付いたケネスが、馬を捕まるべきかをダンケンに聞いた。
「そうだな。ちょうどいいから、戻るついでに捕まえるぞ」
3人は走り始めた。
馬はどこに行くべきか迷っているようで速度はほとんど出していなかった。
そのため少しづつ距離は近づいた。
そこでようやく馬が怪我をしていることにも気づいた。
怪我は馬の体勢を崩すほどではないが出血は止まらず、草原に点々と赤い血痕を残しながら馬を駆けさせた。
おそらく、包囲の前線にいた騎兵の馬なのだろう。
他人あるいは他馬の血を浴び、泥をかぶっている。
ただ一頭で緑の草原を駆けるその馬の姿は、どこか不吉であった。
ユーゴはこれ以上その馬を追いかけたくなかった。
馬に連れられ行く先が、自分達の行っていい場所ではない気がしたのだ。
そうして足を止めるユーゴ。
それに一番に気づいたのはケネスであった。
彼はユーゴへ呼びかけるつもりだった。
だが、それは出来なかった。
振り返った先にある光景が、彼の足を止めて思考を奪った。
「…………は、なんだよ……これ?」
立ち止まるユーゴを超えて、陣形を作るカル王国軍の精鋭兵たちを超えて、盾の身を隠すジャイアント族のさらに後ろへ。
そこにあるのはコートデナール草原の最後の丘。
その向こう側にはアゾク大森林の樹々の頭が見えるはずだった。
だが、今は見えなかった。
丘の上に白い霧がかかっていったのだ。
空さえも隠すほどの高さまである霧が、突如としてそこに現れたのだ。
この瞬間、王国軍もジャイアント族もすべての人間が、その霧の端を探そうと顔を上げていた。
全員が、戦場で空を見上げていた。
ただ1人、王国軍とジャイアント族のどちらにも属さないあるエルフだけが戦場を見下ろしていた。
そして彼女にだけ、ある声が届けられた。
「……タイムアップってところね。いいよカラ…………、始めようか」
その声は、カル王国の終わりの始まりを告げた。




