コートデナールの巨人たち(10)
「父さん1人じゃ足りない。間に合わない、……突破されるぞ!」
「ユーゴ!」
何度名前が呼ばれていたのか。
隊長ダンケンの顔を見るに2度3度ではなさそうだ。
「矢を装填したら下がれ!邪魔だ!」
ユーゴは謝りながら投擲台から降りる。
巨大な弓を横向きにした装置。
引き絞るだけでも、男が3人は必要な強弓である。
その弓に装填されたのは黒い螺旋形状を持つ矢。
1000年前の魔王アゾクとゴブリンの大群との戦争時に使われたとされた矢である。
だが、皆分かっていた。
ゴブリンなんかにこの大きさの矢を使う訳が無い、と。
明らかに人間よりも大きな敵を想定した武器である。
各地の武器庫に眠っていた矢が集められた光景を見にした者達は皆こう口にした。
「また使うときが来た」
魔王との戦争後にジャイアント族を領地から追放するために使われた古の武器が、また同じ目的で使われているのだ。
隊長のダンケンは弓矢の発射方向を調整するようにシャモネ・パーシェンに指示を出す。
この場で組み立てた発射台のため、上下左右の微調整はあまり効かないが、動かすには動かせる。
弓の下に隠れているハンドルをシャラメはひぃひぃ言いながら回し始めた。
手回しのハンドルを十数回回してようやく、弓矢は外にいるアルゴルから盾の囲いへ向き直った。
「勝手なことをするなよ!この矢はそう多くないんだぞ。前線の奴らが作った隙を突いて確実に葬るんだ。この矢を簡単に止めるような奴を狙って無駄にするな!」
「はい!」
全員がそう返事をしたが、納得の出来ていない者の不服そうな顔は明らかだった。
ユーゴは特にである。
「なんだユーゴ!?文句があるのか?」
ダンケンがユーゴの前に立ち声を荒げる。
他の者達へ見せる目的もあるのだろう。あえて注目を集めているようだった。
「これは王都で立案された作戦だ!敵の動きも想定どおりだ。このまま続ければ勝てるのに、その顔はなんだ!?」
「これが想定どおりですか?」
ユーゴの視線の先には一騎当千の勢いのアルゴルがいる。
目を凝らせば、この瞬間にも命を落とす仲間の姿が見えた。
「この弓は4人いれば問題なく動かせるはずです。俺だけでも前にでます!このままじゃあのジャイアントが自由になる。あいつだけは止めなくちゃ」
「そんなこと全員分かってるんだよ!」
ダンケンは血管を首筋に浮かび上がらせるほどに感情的になりながら怒鳴った。
「敵の中にあのレベルの巨人がいることは分かっていた。最前線の騎馬隊はそいつらとぶつかることを覚悟して命を懸けて戦っている。お前の父親もだ!全員、この作戦と、この状況を分かっている。1人で何かできると思っているお前よりはな!」
「なら俺も行きます……」
「はぁ!?」
ダンケンが振り返った先にいたのはケネス。その他にも数人が彼に続こうと口を開こうとしているところだった。
「私も出ます。ここでやれることなさそうなので」「ぼ、ぼぼ、僕も、僕もやります!」
魔術部隊から転属して来たゾラ・ローリエとクロード・ティオンである。
魔術攻撃の射程範囲の外であるこの場所では、彼らはシャモネの手伝いしか出来なかった。
だがそれも、力があり、連携に慣れた者達の足を引っ張っているだけだった。
「え?みんな行くんですか?じゃ、わた」
シャモネがしゃべり始めた瞬間、ダンケンが咆えた。
「黙れガキども!誰もこの持ち場を離れることは許さない!…………、何してるんだシャモネ?打ち続けろ!」
ダンケンの一喝にケネス達は驚き、何も言えなかった。
だがユーゴだけは食い下がった。
「兵を前線へ送れる余裕があるならそうするべきです。騎馬隊が英雄級を止めるのに自分の命を差し出してるなら俺もそうします。俺なら……、一瞬は稼げる」
ユーゴがそう言い終わると同時に胸に大きな拳が叩きつけられた。
ダンケンが彼の胸を叩いたのだ。
そうして、2人は顔を近づけて話した。
「俺がこの隊を後衛のこの仕事に就かせるのに、どれだけ恥を捨てて頭を下げたか知ってるか?ああ?安全な場所から矢を打つだけだ。それに討伐数もある。なのに、お前は前線に行きたいとぬかしやがる」
「なら隊長はここにいればいい」
「俺はだと?……ガキが!…………はぁ。戦況が破綻すれば自ずと俺たちにも出番がある。そうじゃない内は作戦に従え。お前らはまだここでいいんだ」
ユーゴはダンケンの言葉を理解出来なかった。
だが、分かっていることは1つあった。
「俺はデルヴァンクールです」
「何言ってんだ!?いいから、次の矢を持って来い!」
目を離したらいなくなりそうなユーゴを、ダンケンが腕を引いて自分の後ろにある矢の置き場へ連れて行った。
「準備してろよ!これ以上勝手を……」
その瞬間、地面が揺れた。
アルゴルが盾の囲いの中から飛び出した時よりも大きな衝撃であった。
皆が揺れの原因である方向を見た。
一目瞭然である。
何十メートルあるか分からないほどの高さまで土が吹き上がっていたのだ。
前線の者しかその瞬間を捉えられなかったが、これはアルゴルの攻撃の衝撃であった。
舞い上がる砂埃の中には、大小さまざまな土塊や岩も交じっている。
それがあの高さから落ちるだけでも、数人が致命傷を負うだろう。
そんな光景が目の前に広がったのだ。
流石のダンケンも息を呑んだ。
理解できないほどの差がある英雄級の実力をいま<理解>したのである。
「誰かが行かなくちゃいけないなら……」
だが、その胸の内を口にしていないはずである。
「…………俺だ!」
ならば、この声の主は誰なのか。
考える必要もなかった。
「ユーゴォ!」
ダンケンの反応出来ない速度で彼の横をすり抜けていくユーゴ。
数度の瞬きの内に、ユーゴは人混みの中へ消えていった。
「……だからガキは……、クソ!」
ダンケンは喉まで上がってきた怒りを一言で済ませると、「お前らはここにいろ!」とケネス達に釘を刺してからユーゴを追いかけた。




