コートデナールの巨人たち(9)
コートデナール草原が揺れた。
原因はアルゴルが着地したことによる地響きである。
距離にして百メートル、高さは彼らの身長の4倍以上。
鍛えただけでは到達できない身体能力による跳躍だ。
何が起こったのか理解できないカル王国軍騎馬隊の真ん中でアルゴルは両手に武器を構えていた。
右手に剣、左手に斧。
肺の空気をすべて抜こうとしているかのような長い呼吸の後、2つの武器は地面をえぐっていた。
だれも武器が持ち上がる瞬間を捉えられなかった。
「ぬおおお゛!!」
アルゴルには、兵士の鉄の鎧など関係無い。
質の悪い鉄なら容易く両断し、質が良ければ斬りつぶすのみ。
騎馬隊の体は馬が蹴り上げる泥ですでに汚れていたが。その汚れに鮮血が混ざり始めた時、ようやく彼らは事態を認識し叫んだ。
「とぉぉぉッ撃!」
逃げる者は誰一人いない。
ほんの一瞬の間で、目の前の仲間が踏みつぶされ、斬り伏されようともだ。
彼らは馬や人の<赤色>を含んだ土煙の中にたたずむ巨人へ駆けていく。
剣士は相打ち覚悟で突き進み、長槍を持った者たちは槍を肩に構える。
弓兵は弓を引き、魔術師は煙の中の黒い影に杖を向ける。
その瞬間、舞がる土を避けようと目を細める者達を嘲笑うかのように、突如煙が晴れた。
正確には、掃われた。
この時、兵士たちの視界に映るはずの青空は半分しか見えなかった。
なぜなら、水平方向に倒された剣が眼前にあったからである。
風が吹いたと錯覚するほどの鋭い一閃。
馬の毛が揺れ、兵士たちには首にヒヤリとした感覚があった。
そして次の瞬間、人馬の頭部だけが宙に浮いていた。
「……この程度か!?カル王国!」
アルゴルは足を折り曲げて、片足で独楽のように回っていた。
巨人の戦い方とは思えないような、異様な体勢での攻撃だ。
その異様さは、対人間サイズの戦い方への慣れが原因だった。
「ゴブリンどもよりもやりやすいぞ!」
アゾク大森林の大山の裏でゴブリンと戦い続けた彼にとって、ゴブリンよりも少し大きい騎馬兵は、なんとも斬りやすいサイズだったのだ。
王国軍の精鋭兵とは、訓練を積み重ね実戦に身を投じたことのある者達のことである。
敵の血が銀色の剣に乗った時、初めて一人前となるのだ。
だが、アルゴル達・ジャイアント族に伝わる<1つの剣>と言う称号は、百の死体の山を築いた者に与えられるのである。
千の夜を戦い続けた者に与えられるのだ。
万の敵の血を啜った者に与えられるのだ。
英雄の域に足を踏みいれた者は、たかが精鋭とは格が違った。
「…………弱いぞ!」
巨大な剣と斧が縦横無尽に暴れまわる。
自分の背丈と同じだけの武器ならば、その一振りの速度には限界があるはずだ。
だが、アルゴルのそれは目で追うことさえ難しかった。
「ナラレ!やるぞぉ!」
巨人たちを囲う円陣が途切れたタイミングで、アルゴルは大声でそう叫んだ。
その声は、アルゴルを睨むニコラを超えて、右側の巨人たちを囲む精鋭たちを超えて、囲まれる者達の中で口角を上げるもう1人の英雄級の戦士に届いた。
「ボオボオギャーギャー。あのエルフの笛がうるさいと思ったら、今度はアルゴルが騒ぎ始めやがって……。聞こえてるわボケ!」
1つの槍ナラレ。
茶色の毛皮を腰に巻き、上半身はぴっちりとした皮の服を着ている。
動きにくいと言う理由から胸よりしたの部分を破り取ったせいで、かろうじて胸が隠れる程度の面積しか残っていなかった。
編み込んだ髪の毛には宝石や花を飾り、首には人間の頭骨、ではなくゴブリンの頭骨をぶら下げている。
文句を言いながらも笑う彼女の顔は歴戦の戦士らしく凛々しく、吊り目が放つ眼光は鋭いものだった。
「また負け戦か……、やる気はでねえな」
ナラレはそう言いながら、槍を頭上で回し始めた。
精鋭兵たちが持つ長槍など比ではない大きさの槍である。
回転速度はどんどんと上がっていき、大きくなっていく風切り音に周囲の仲間は顔をしかめていた。
「おいナラレ!ここで始めるな!」「外に出てからやれ!」
「うるせえええ!」
風が吹き荒れる。
それはナラレの外へ向かってではなく、彼女に向かって吹いていた。
盾の外の騎馬兵たちは風向きの変化を感じていた。
だが、正確に感じ取れている者はひとりもいなかった。
最初に気付いたのは、自分のヘルムが風に持ち上げられ空へ上がっていく様子を見た男だった。
男は手を伸ばした。ゆっくりと上に昇っていくヘルムを掴むためだ。
だがその手が掴んだのは、後ろを走っていたはずの痩せた友の手だった。
「引っ張ってくれ!飛ばされる!」
そう叫ぶ友の後方を見ると、次々と地面から足が離れていく何頭もの馬が足をバタつかせているところだった。
「……どうなってんだよ、これ?」
吹き荒れる暴風。
騎馬ごと持ち上げるほどの風が突如発生した、その中心にナラレはいた。
「まだまだいけるぜぇ!」
魔術ではない。これは力と技のみで引き起こされる災害であった。
「だから……、ここでやるなよ!」
盾を押さえるのに精いっぱいの巨人たち全員がそう叫んでいた。
アルゴルはその様子を眺めながら呟いた。
「あれが正解なのかもしれないな。こいつらは盾を無理に破壊しようとは思っていないようだから、盾の内からのアレは効くだろうな」
その時、彼はアルゴルに向かう一団の気配を感じた。
巨人たちの一周して来た騎馬兵の残り、それに加えられた第2陣であった。
「減らないな…………、っち!」
瞬間、アルゴルは剣を振った。
重い衝撃と金属音の後には、空中で勢いを失った黒い矢がアルゴルに足元へ落ちた。
アルゴルが飛んできた方向を睨むと、そこには慌てる兵士たちがいた。
距離はあるが、その距離を届かせる攻撃手段がない訳でもない。
アルゴルは少し迷ったが、先に迫る騎馬兵たちの相手を優先させた。
そうして、見逃された兵士たちは射手を叱りつけた。
「外に出たのは狙わなくていいんだよ!」
「でも、狙えって……」
射手の女は次の黒い矢を装填する青年に見た。
すると、隊長らしき男は青年の名前を呼んだ。
「……ユーゴ!」
ユーゴ・デルヴァンクール。
彼は隊長を無視して、じっとアルゴルを見つめていた。




