383話 掃除機とルナの試験と事件の結末 3
「掃除機」が、コヨーテたちを吸い込んでいった、翌日のことだ。
テオドールもシシーと同じく有給休暇を取り、徹夜で気になることを調べ尽くしたあと――ひさしぶりに昼過ぎまで惰眠をむさぼり、シシーの見舞いに行こうかと部屋を出たときだった。
携帯電話が鳴った。相手はソルテだ。テオドールはすばやく電話に出た。
「どうした?」
『どうしたもこうしたもねえよ――おまえも、おまえの彼女も無事か? 巻き込まれてねえか?』
ソルテの声は焦っていた。
「いったい、なにがあった」
『その声じゃ、巻き込まれてはいねえみてえだな。ニュース見ろ! 仕事中か? とにかく早く、ニュースを見ろ!』
テオドールは部屋に引き返し、テレビをつけた――そして、がく然とした。
画面の向こうで、ビルが丸ごと炎上している。
夜闇の中に、炎を巻き上げるビルが、上空から写しだされていた。
画面下のテロップと、緊張したアナウンサーの声が、燃えているビルの名を告げていた。
『火災現場は、ボローネ不動産のビルです。発見された遺体は、社長のステファニーさん(53)――』
携帯電話はつながったままだ。テオドールの耳にソルテの声が飛び込んできた。
『おまえが調査しろって言った女は、もう死んでる』
「――そうみたいだ」
我知らず、声が震えた。
『そのニュースをよく見ておけ。なにがあったか知らんが――金がらみで、そこの社長を息子が刺殺して、夫と息子がつかみあいになって、息子が会社に火をつけて逃げ出した――ってとこが最新情報。まだ、ニュースでそこまでやってねえはずだ。息子は警察が追ってる。夜だったんで、ほかの従業員はいなかったが、身内の従業員とか、社長の愛人は残っていて、みんなそろってビルに取り残されたままだ』
「――!!」
『遺体が見つかった――それも、かなりたくさん』
テオドールは、言葉を失った。
『やっぱり、なにか事件がらみなのか? それで、おまえは、この女の身辺を探れと?』
ソルテの問いに、テオドールはやっとのことで説明した。シシーという、ステファニーの姪が、ずっと彼らに脅されていたこと。根本的な解決のために、テオドールはソルテに身辺調査を依頼した。
『そうだったのか。だが、調査相手が死んじまったんじゃァなあ』
ソルテは困惑した口調で言い、
『とにかく、あとすこしここに残ってみる。なにか情報を得たらまた電話するよ。おまえの中で事件が解決したら、おまえから電話をくれ』
電話を切った。テオドールは、呆然と、画面を見つめた。
しばらく、ニュースに張り付いた。これはきのうの映像で、すでに焼け跡から遺体は見つかっていた。テオドールはあらかたの情報を得てから、テレビを消し、まっすぐにシシーの病室へ向かった。
「テオ」
シシーは、テオドールの顔を見るなり、嬉しげに顔をほころばせたが。
「シシー、今朝のニュースを見たか?」
「え?」
緊迫した彼の声音に、きょとんとした顔をした。テオドールは黙って、室内のテレビをつけた。
バラエティ番組の再放送から、ニュースに変える。
先ほど、テオドールが見たニュースが繰り返されていた。
『焼け跡から――……名の遺体を発見――』
シシーは口を開けた――そして、次の瞬間には絶叫した。個室でよかったと、礼儀にうるさい彼は思った。
「おばさんが!?」
「君の叔母さんだけじゃない。――おそらく、“皆”だ」
画面に、つぎつぎ映し出される顔写真と名前に、シシーが震えだした。
「おじさんもいる――このひと、会社のお金を預かってる人、知ってる。このひとも、この人も――あたしをホテルに連れてヘンなことしようとした奴も――あ、あいつって、おばさんの愛人だったんだよ――」
シシーは、震えながらもテオドールに告げた。
「ねえ、ウソでしょ」
シシーは「ウソでしょ」ともう一度繰り返した。
「あたしの通帳からお金を持っていったひとたちが、みんな死んじゃった……」
「……!?」
テオドールもがく然としたが、シシーはもっと驚愕していた。そして、はっと気づいたように、テオドールを見た。
「テ、テ、テオが、……?」
「待て、俺じゃない」
テオドールはあわてて言った。
「様子を探ろうと、傭兵を派遣したのは認める」
「傭兵!?」
「だが、彼も調査に入るまえにこんな事件が起きてしまったんだ。驚いて、さっき電話してきた。俺もそれで、知ったんだ」
シシーは、なにをどうしていいか分からないように、困惑顔で画面を見た。見るべきものは、めのまえの画面しかなかった。
突如としてシシーの携帯電話が鳴ったので、シシーは飛び上がった。だが、ディスプレイに表示された番号を見て、ものすごい勢いで電話を取った。
「おじいちゃん!?」
『お、おお――シシー、シシー、無事か!』
相手は、シシーの母方の祖父、テレジオの弟だった。
「だ、だいじょうぶ――あたし、地球行き宇宙船にいるから――」
『ニュースを見たか!』
「み、見た、見たよ――今見た――びっくりした」
『悪党どもに、天罰が当たったわい!』
「おじいちゃん、あんまり叫ぶと、また血圧が上がるよ――」
シシーの言葉も聞こえていないふうに、電話向こうの相手は怒鳴った。テオドールにも聞こえるほどの怒声で。
『今日、わしらのところに警察が来て――あのステファンという奴は逃げたが、すぐ捕まると言っておった! わしらは言ってやったよ――あの恐ろしい女たちに、孫がずっと脅されていたとなァ――もうだいじょうぶじゃぞ、シシー、もう、金は払わんでいいんじゃ』
ステファンは、シシーのいとこの名だ。
「お、おじいちゃん……」
電話向こうからすすり泣きが聞こえてきた。
『わしらは、大丈夫じゃと言ったのに! それでもおまえは律儀に金を払い続けて――そんな生活は、今日で終わりじゃ。おしまいじゃ――つらかったなあ、シシー』
「……」
シシーも言葉にならず、泣いていた。テオドールは悟った。人質にされていたものは、墓だけではなく、彼らも、だったかもしれない。
シシーは、かつての担当役員が、自分を守ったために、宇宙船から追われたのではないかと――それが、叔母のしたことではないかと、ずっと思っていた。シシーが言うことを聞かなければ、彼らに危害を加えられると、そう思っていたかもしれない。
現にいとこのステファンは、はっきりと墓を人質に、彼女を脅した。
『シシー、墓もちゃあんとわしらの近くにもどして、面倒みるから。それに、テレジオ兄さんの財産ももどってくる。もうだいじょうぶじゃ。あの悪党め、兄さんの卒業証書を書き換えて、自分のものにしておった……!』
「――え?」
シシーの戸惑う声。
テオドールの想像は当たっていた。やはりステファニーは、シシーの祖父テレジオの卒業証書と勲章の名を自分の名に変えて、飾っていたのだ。
『知らんかったのか? シシー。おまえのじいさんはなァ、“アルビレオの衛星”という、世界一の大学を卒業した、すごい人だったんだよ』
「……!?」
シシーは目を見開けるだけ見開いて、テオドールを見つめた。テオドールはうなずいた。
『立派な人じゃった。わしらの誇りじゃった。――シシー、名前を元にもどした勲章と卒業証書は、おまえに送るよ。テレジオの形見だ。たいせつにしてくれ』
「う――うん!」
シシーはもう、なにも言えなかった。しゃくりあげるシシーの背を、テオドールは静かにさすった。
このニュースは、屋敷の大広間でも流れていた――最初、クラウドだけが見ていたニュースに、やがてひとりふたりと集まって、学校に行っていていない子ども以外は全員、テレビ前に群がることになった。
クラウドは、熱心に事件の全容を追っていた。
「ステファニー・B・ボローネ。このあいだ、テオが、俺に“アルビレオの衛星”の名簿から、探しだしてくれと言った名だ」
「彼女は“アルビレオの衛星”なの!?」
セルゲイが驚いて聞いたが、クラウドは首を傾げた。
「いや――俺が探した名簿に、彼女の名はなかった。だから、たぶんアルビレオの衛星ではない――しかし、あのときテオはずいぶん急いでいた。事件を予想していたのか?」
「予想ってどういうことだ」
「この事件のことだよ――おそらくテオは、なんらかの調査の末、このステファニーという女性に行きついたんだ」
「マジか」
メンズ・ミシェルが怒鳴った。レディ・ミシェルとアニタとリサ、キラたちは顔を見合わせ、「説明して!」とクラウドに詰め寄った。
「アンジェが、シシーのことは、テオが解決すると言っていただろ? 名簿にステファニーの名はなかったが、俺はそのかわり、テレジオ・K・パディントンという名を見つけて――その名を見たら、テオの顔色が変わった。俺は、シシーとテオの関係をほのめかして、それで引かれたんだと思ったんだが、やはり、あのテレジオという名も、意味があったんだろうか。パディントンは、シシーの名字だし、彼の出身星L72は、シシーの故郷でもある。アルビレオの衛星が、関わっているのか? ステファニーというこの女性との関係は……?」
クラウドは途中から思案気味になっていってしまったので、言葉が自己完結した。
「だ、だけど、このひとは、……」
ロイドの声にならない声は、ニュースの音声に紛れて消えた。
そうだ――テオドールが探していたステファニーという女性は、亡くなってしまった。
「もしかして、シシーの金がないっていうのは、こいつらが原因だったのか?」
アズラエルの声に、クラウド以外のみんながはっとした。
放送しているニュースは、会社の社長であるステファニーの一人息子が行方不明であり、容疑者として追っていることを告げていた。
つぎつぎに明るみになる事実。
その息子は、警察だけではなく、物騒な組織にも追われている。さらに息子だけではなく、彼女の夫、愛人含め、人間関係も泥沼、会社の金を私的に使っていた重役がいたことも発覚している。金策に追われていた人間ばかりで、警察も、どこからきた恨みによる犯行か分からないと言っている。
つまり、この事件にかかわる者は、後ろ暗い人間ばかりなのだ。
「テオさんが、捜しだして、――この事件を?」
「まさか!」
セルゲイの言葉に、セシルが強張った顔で首を振った。
「そもそも、シシーさんとこの女性との関係は?」
「だって、テオさん、サイバー部隊にいたって聞いたわ!」
アニタが興奮気味に叫んだ。
「サイバー部隊って――ああ、軍事惑星にいたからってことか? 傭兵に依頼したってのか? 軍事惑星で働いていたからって、傭兵の知り合いができるとはかぎらねえ――いや、そうでもねえか」
グレンが渋い顔で唸った。
「ふつう、調査だけならまず興信所だろ――なんで傭兵なんだ」
メンズ・ミシェルの呆れ声。
「いいや? 興信所じゃ、殺しはやってくれない。テオがそこまで――もしそこまで考えていたのだとしたら、傭兵に依頼するのも筋が通ってる」
クラウドの言葉に、ミシェルは黙った。
紛糾したテレビ前で、サルビアが立った。
「アンジェリカとルナが理由を知っているはずですから、呼びましょう」
「やっぱり、ZOOカードでなにか出たな」
「ZOOカード!」
サルビアの言葉に、いち早く反応したのはクラウドで――女の子たちはそろって興奮気味に叫び――サルビアがルナを呼びに行く前に、ウサギは大広間に姿を現した。
「なに見てるの!」
いつものルナのアホ面に、皆の気は、いっせいにそがれた。
みんなが大広間に集まっているので、なにをしているのかと覗き込んだルナは、ニュースを見て、最初に目を丸くし、次に口を開け、ついに叫んだ。
「コヨーテたちが掃除機に吸い込まれた!!」
「「「「「掃除機?」」」」」
ルナの意味不明な絶叫は、この屋敷の住民なら慣れていた――意味不明でありながら、それはたしかに、意味を持っているのだということを。
ウサギはあわてて両手で口をふさぎ、くるりと一回転して逃げ出した。
クラウドにつかまりかけたのを慌てて避けたが、アルベリッヒがはがいじめにした。思いきり背中から飛びつかれて、ぎゅうと抱きしめられた。これをしたのがグレンあたりだったら、アズラエルの怒声が飛んでいたかもしれないが、心は乙女のアルベリッヒなので、なにも言われなかった。
「もご! もごもごもご!!」
ルナは暴れたが、びちびち跳ねただけで終わった。
「ルナちゃんはなにか知っているんだろ? 教えてくれ!」
アルベリッヒはそう言った。
「シシーさんは無事? テオさんも?」
「……」
ルナのウサ耳が、ルナの代わりにぶんぶんと振られた。
「ふたりは無事だよ。シシーさんが抱えている状況は、解決した」
説明してくれたのは、サルビアが呼びに行ったアンジェリカだった。皆は、ほっと胸をなで下ろした――ふたりの無事と、それから、説明をしてくれるのが、ルナではなくアンジェリカだという安心感のために。
「あたしも今、部屋でニュースを見てた。コヨーテたちは、自滅したのさ。ルナがシシーの罪を持って、階段を上がったおかげで」
皆は、顔を見合わせた。
「詳細な説明を頼む」
クラウドは言った。
「だいじょうぶだよ、ルナ。すべては終わったから、月を眺める子ウサギは、皆に話すことを許可してくれた」
「……」
ルナのウサ耳はすっかり垂れ、絨毯の上にぽてりと落ち着いた。ルナの膝には、サルーンが乗った。




