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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~恋の回転木馬篇~
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383話 掃除機とルナの試験と事件の結末 1


 あの日、ルナはすっかりしょげかえり、ナキジンにせっかくあんみつをおごってもらったのに、食べられないほど落ち込んで、腰を抜かしたまま紅葉庵(もみじあん)で座り込んでいたのだが、夕方になってアズラエルが来て、回収していった。


 一日置いて、神々が「明後日」と言った日の朝――ルナが朝食を終えて部屋にもどると、神々でみっしりと埋まっていた。


「わあ!」


 ルナは叫んでドアを閉め、おそるおそる、開けた。

 ウサギの入る隙間もないほど、神で埋め尽くされていたのだが、ルナの顔を見るなり、神の数は減った。


 太陽の神と昼の神、夜の神と、イシュメル、ノワだけが残って、ほかの神は消えた。

 月の女神は、最初からいなかった。

 満員電車のようだった部屋は、ルナという名のウサギ一羽と、ZOOカードを広げる空間くらいはできた。


 そこへ、ルナのあとを追うように、アンジェリカが入ってきた。


「皆さま、おそろいですね」


 ルナは、アンジェリカに言われるがまま、神々に囲まれた真ん中に腰を下ろした。

 太陽の神が口火を切った。


『ルナよ、“特別なハクニー”のカードを出しなさい』

「はい……?」


 ルナは言われるまま、「礼儀正しいハクニー」のカードを呼び出し、「原初(オリヘン)!」と唱えた。するとカードは、すぐに「特別なハクニー」に変わった。

 ルナが次の指示を待って神様たちを見ていると、太陽の神は言った。


『さて? どうするか。彼の今後を?』


 その問いは、ルナに向けられているようであった。ルナは首を傾げた。アンジェリカを見たが、彼女はだまって、太陽の神を見上げた。

 太陽の神は、厳かに告げた。


『このハクニーは、“特別”なのだよ』


 太陽の神の言葉の後ろで、ノワが勝手にクローゼットを開け、ワインを持ち出して(あお)っていた。


真名(まさな)は、“特別なハクニー”。彼は“特別”だ。特別な一族の中に生まれ出でた、特別な者。彼が“礼儀正しいハクニー”となったのも、礼儀正しくなるよう育てられたからにすぎない。彼の本質は、“特別な者”だ』


『特別な者の悲劇は、“特別”ゆえに、なかなか居場所を見つけられぬところにある』

 イシュメルは言った。

『かの者は、自身の本質と相反するカード名を持った。“礼儀正しい”という性質は――ことに、“正しい”がつく名称は、“特別”という性質を制御する名だ』


『そろそろ変えなければ、彼の使命が果たせなくなるのよ』

 真昼の神も、うなずいた。

 

「“特別”のカードはむずかしいんだ、ルナ」


 ルナが理解していないようなので、アンジェリカが解説してくれた。


「“特別”にも、さまざまな意味や象意があるんだけど――今、このハクニーに関してだけ言うと、彼は、特別ゆえに、傲慢(ごうまん)になりやすい傾向がある。ようするに、幸運をたくさん持っているのだけど、幸運の塊だから、うまくいかないってことがない。彼が望んだことは、たいてい、すぐに叶うんだ。ようするに、まぁ、ほとんど、彼の思い通りにならないことはない」


「……!」


「ええと――だから、どちらかというと、若いうちは苦労し続けで、劣等感を持つほどその性質を押さえられている方がいいんだけど。だってさ、幼いころから、なにもかもうまくいきすぎたら、どうなると思う? 世界はすべて自分の思い通りになる、自分は世界で一番“特別”で、優秀な人間だって、思い込んだら――」


 ルナがぷるぷると首を振っているのを見ながら、アンジェリカはつづけた。


「けっこう怖いことだよね? だから、“特別”がつくカードは、幼少期から青年期にかけて、厳しい人生が続く。“特別”が生かされるのは、青年期後半から、老後にかけて。若いころの苦労を経て、自分にしかできない“特別”に気づいて、それを生かす人生を歩もうとする――それが一番多い形かな」


 神々の顔色を伺いながら、アンジェリカはさらに続けた。今のところ、ストップは出ていない。


「今のハクニーさんは、すごく劣等感にさいなまれてる状態だと思う。それが悪いわけではないんだけど――その状態が一生続くと、居場所もない、自信もない、自分の本質にすら気づかない、真名が持つ使命を果たせない、不幸な一生を送ることになる」


 ルナのウサ耳がぴょこん、と立った。


「だから、かならず“特別”の真名(まさな)をもつカードは、途中で性質が変わる。神々が守護する特別なカードにね」


 アンジェリカの説明が終わったのを見て、神々はようやく口を開いた。


『わたしが守護すれば、“情熱のハクニー”に』

 太陽の神がひげを撫ぜながら言った。


『わたくしが守護すれば、“救済するうるわしきハクニー”に』

 真昼の神が、優雅に微笑んだ。


『わたしが守護すれば、“盾となるハクニー”に』

 夜の神が言った。


『わたしが守護すれば、“英知あるハクニー”に』

 イシュメルが笑んだ。


『俺が守護すれば、“無邪気なハクニー”になる』

 ノワが、あっさりワイン瓶を干してしまいながら、つぶやいた。


 ノワ以外の神々が、笑顔でルナを見ているので、やっと気づいた。


「あたしが選ぶの!?」


 神々は、そろってうなずいた。


「え――え!? で、でも――」


 ルナが選ぶとなったら、責任重大だ。名前次第で、テオドールの人生が変わってしまうのだ。


『どの名を持っても、幸せな生涯が送れるだろう』

『すくなくとも、“礼儀正しい”という文字が消えれば、祖から得る縁の苦しみも転換する』

『彼の人生を、歩むことになるだろう』


 神々は、ルナの言葉を待つように、そろってルナを見つめた。ルナは慌てた。


「あ、あの――あの――いますぐ、決めなきゃならないんですか?」


 ルナが聞くと、太陽の神は告げた。


『考える余地はある。だが、のんびりしてもおられまい。彼の“転機”は近づいている』

「――!?」


 ルナは、ふたたび泣きそうになった。それを見て、夜の神は言った。


『“縁”のことも考え、よく選びなさい。まだ、月の女神の守護名を聞いてはいないはずだ』


 ルナは、ここに月の女神がいないことを、ようやく思い出した。


『では、決めたら呼びなさい』


 神々は消えた。――みんなそろって。


 ルナは途方に暮れて、アンジェリカを見た。アンジェリカは苦笑していた。


「正解だったと思うよ? ルナは間違ったことはしていない。返答を先延ばしにしたのは、いいことだった」


 アンジェリカは、ZOOカードに向かって呼びかけた。


「月を眺める子ウサギよ、ルナは、“名の大切さ”を知っていますよ。すくなくとも、すぐに結論は出さなかった。この件に関しては、合格をあげて」


 だが、カードボックスから返事はない。


「あたし、やっぱり、0点だったから、うさこが怒ってるんだ……」


 ルナはすっかり涙目になった。


 冷静さを欠いて、思わずシシーのカードを天秤に乗せてしまい、そのために自分がシシーの罪を背負って階段を上がったこと。


 自分で上がることが叶わなかったシシーは、どこかで代償を払わねばならず――それがおそろしいことでないにしても、テオドールと本格的に結ばれるのは、三年先になってしまったこと――それらすべて含めて、「0点」だと言われたこと。


 アニタとニックの件からすべて、「メリーゴーランドの試験」は、総合で「30点」くらいだと言われたこと。


 それらは、きのうのうちに、すっかりアンジェリカに話していた。


「あたしじゃ、サルディオーネになんか、なれっこないよ……」


 すっかり落ち込んでしまったルナを、アンジェリカは励ました。


「最初は、みんな失敗するものだよ。失敗しなきゃ、傲慢になっていくだけさ。あたしだって、ZOOの支配者になってからも、何度だって試練に遭ったし。ペリドット様にも、初対面では手厳しくやられたし」

 そう言って、苦い笑いを浮かべ、

「あたしだって、未熟者だ。でも、今回にかぎり、ルナが0点だっていう理由、分かるよ」

 アンジェリカが笑いながら言った。


「えっ!?」

 ルナは思わずアンジェリカにつかみかかった。

「ほんとに? 教えて!!」


「ルナ、どうどう」

 アンジェリカはルナの肩をさすって、落ち着かせた。そして、言った。

「ルナはさ、まず、一番たいせつなことを忘れてる。基本中の基本。だから、0点なんだよ」

 ルナはますます眉をへの字にした。

「逆に言えば、この基本にさえ気づけば、100点なのさ」


 リサたちにZOOカードの占いを見せてしまったのが減点理由だろうか。

 一番悪いのは、あれほど注意されたのに、黄金の天秤に触ってしまったこと? 

 いろいろ、調査不足だったのか――ルナの判断が間違っていたのか――反省点は山のようにあった。

 だが、アンジェリカは、そのどれもがちがう、と言った。


「そんなんじゃない。ルナの判断の未熟さや、考えが及ばないのは、神々だって承知してる。そんなに難しい試験を、ルナに与えたりなんかしない」

「でも、あたし、さっぱりわからないよ」

「試験ってのはさ、ルナ。ポイントを押さえればいいわけでしょ。今回ルナは、そのポイントがことごとく外れていたから、月の女神は30点だと言ったわけ。ホントはぜんぶ合わせても、0点だった」

「ええっ!?」

「でも、30点はくれた。それはつまり、ルナやみんなの努力は認めてくれたの。でも、サルディオーネになるには、決定的に間違っているところがある」

「……」


 ルナは悩んだ。決定的に間違っているところ?


「今日は、真砂名(まさな)の神からじきじきに“手紙(カルタ)”が来たから、教えるよ。ルナもいっしょうけんめい考えたし、悩んだからね」


 アンジェリカは、今日はあたしの言いすぎじゃないからね、と念を押した。そして、一呼吸置いて、ルナに問うた。


「ルナはどうして最初から、月を眺める子ウサギを呼ばなかったの」

「――え?」


 アンジェリカの話はこうだった。

 メリーゴーランドの夢を見たその日、ひとりでウダウダ考えず、リサやミシェルたちにも話さず、相談相手は、アンジェリカやペリドットでもない、クラウドでもない。

 一番先に「月を眺める子ウサギ」を呼んでいたなら、一発合格だったのだと。


「ええっ!?」


 ルナのウサ耳が、これでもかと立った。アンジェリカは苦笑した。


「あたしならそうする――あたしは、なんでも一番先に、“白ネズミの女王”に相談するよ? 姉さんには、そのあとに話す」

「……!」

「だって、彼女はあたし自身だし、あたしの魂で、あたしの神様だから、あたしが望んでいることも、欲しいものも、どういうやりかたが一番納得いくか、自分自身が一番よく知っているから」


 ルナは絶句した。まるで、思ってもみなかったことだった。


「それに、ものすごく頼りになるしね」

 ルナは、へちょりとウサ耳を垂らして、もごもごと言った。

「だって、うさこは、呼んでも来てくれないし……」

「そりゃ、当然だよ」

 アンジェリカは笑った。

「ルナは、“うさこ”としか呼ばないもの」

「!!」

「うさこと呼んだら、ジャータカの黒ウサギだって、真っ白な子ウサギだって、うさこだよ」


 ルナは思い出した。かつて「うさこよ出て来い!」と言ったら、ジャータカの黒ウサギが出てきて、「私もうさこだけど?」と言った。


「ZOOカードの中で、言霊(ことだま)はとても大切。教えたよね?」


 ルナは返事もできなかった。


「うさこじゃなくて、月を眺める子ウサギ、を呼ばなくちゃ――ルナだって、そうでしょ? メルーヴァとかルーシーと呼ばれて、気分がいい?」

「……」


 ルナは、目にいっぱい涙をためはじめた。

 ララにはルーシーと呼ばれ、ペリドットと初めて会ったときにメルーヴァと呼ばれたときは、つい興奮して怒鳴ってしまった。

「あたしは、ルナです!」と――。

 あんまりたくさんの名前で呼ばれて、自分が自分でないような、そんな気がしたからだった。みんな、自分ではなく、自分の過去の姿を追っている。そんな気がしたからだった。

 今、ここにいるのは自分なのに。


「月を眺める子ウサギだって、そう思ってるよ」

 アンジェリカは苦笑した。

「うさこと呼ぶのもかまわないよ、きっと。彼女はうさこってあだ名が、可愛くて気に入ってる。でも、彼女は“月を眺める子ウサギ”。名前は大切にしてあげなくちゃ」


 ルナは、月を眺める子ウサギの名前を、大切にしていなかった。それに、うさこだったら、なんでもいいような気がしていた。それも、ひどいことだったのだ。

 ルナは気づかずに、ひどいことをしていた。最初からルナを見守り、ルナのために一番尽力してくれていたのは、月を眺める子ウサギだったのに。

 ルナは、目をこすった。あとからあとから、涙があふれた。ぬぐうだけでは足りなくて、ティッシュを持ち出して、鼻をかんだ。


「ごめんなしゃい……」

 ルナは、月を眺める子ウサギにひどいことをしたと思った。

「月を眺める子ウサギさん、ごめんなしゃい……」


 月を眺める子ウサギは、「よく考えてね、わたしとともにあることを」と言った。

 アストロスでの決戦のときも、ずっと彼女と一緒にがんばったのに、ルナはそのことをすっかり忘れていた。

 ルナの声を聞いたかのように、ぴょこ、とZOOカードボックスから、ピンクの頭が飛び出した。まだウサ耳と、おめめが半分――月を眺める子ウサギは、機嫌を損ねているようだった。


『……反省した?』

 うさこは、半分だけ頭を出したまま、座った目で言った。


「うん」

 ルナは心から真剣に、うなずいた。


『あなたったら、夢の話はアズラエルが先、相談するのはミシェルかクラウドが一等先! ZOOカードを動かしてるのはだれ? あなたの役割を一番知っているのはだれ? それなのに、いつもあたしが最後なんだわ』


「ひぎっ、ひぎっ……ごめんなしゃい」


『あなたの相棒は、あたししかいないのに、あなたはあたしをないがしろにした』


 ルナがへこまなかったのは、月を眺める子ウサギの耳が、悲しそうに垂れたからだった。ルナが泣いているのと同様に、月を眺める子ウサギも落ち込んでいるのだった。


『うさこって呼んでもいいけど、なんでもいいうさこにはしないで』

「うん……わかった」

『反省した?』

「うん」


 ルナは、月を眺める子ウサギをZOOカードから引っこ抜いて抱きしめようとしたが、うさこは月のステッキでルナの手の甲を叩いた。


「いだい!」


 彼女はまだ怒っているのか――ルナがまた涙目になったとき。


『そんな感じはしないわ。だって、おうちがないんだもの』

「は?」

「え?」


 ルナもだが、アンジェリカも口を開けた。


『前のお屋敷が燃えちゃったから、あたし、もっとステキなお屋敷が建つように手配してあげたのに――この家を見て、はしゃいでいたのはどなたかしら? それなのにあたしのお屋敷がないんだもの。いつまでたっても、見当たらないんだもの』


 うさこはふて腐れてぼやいた。もう、箱から耳のさきっぽしか出ていなかった。


「「……」」


 ルナとアンジェリカは、ようやく気付いた。実はこのところ、「白ネズミの女王」もふて腐れ気味で、アンジェリカも、まったくその理由が分からなかったのだ。

 だが、今氷解した。


「「いますぐご用意いたします!!」」


 ルナとアンジェリカは、声をそろえて叫んだ。




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