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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~恋の回転木馬篇~
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381話 怖がりなシマリス 1


 ルナが、真砂名神社の拝殿で腰を抜かす、数時間前のこと。


 時刻は昼だった。テオドールとシシーは、朝の約束どおり、社員食堂で弁当をもらい、その足で、中央役所内の敷地にある公園に向かった。


 シシーのほうは鮭弁当で、テオドールのほうはメンチカツにエビフライ、コロッケなど揚げ物がメインの、ボリュームのあるセットだ。


「こっちじゃなくて、いいのか?」

「うん! いいの。テオ、コロッケ好きでしょ」


 いつもなら、シシーが食べたがるのは、揚げ物だらけのこっちの弁当のはずだ。テオドールはそう思ったが、このあいだのように、シシー流のサービスなのかもしれないと思い、受け取ることにした。


「おいしそう! いただきます!」


 シシーは元気よく箸を持ったが、急に前かがみになって、腹を押さえた。


「イテ、いててて……」

「どうした?」


 紙パックのジュースにストローを差し込んでいたテオドールは、シシーが揚げ物弁当を選ばなかった理由を知った。


「いや~、やっぱ、食いすぎたかな……」

 シシーは決まり悪げに苦笑いした。


「はあ? 昨日の弁当、ぜんぶ食ったのか?」

 シシーの告白に、テオドールは呆れて叫んだ。

「う、うん……久しぶりのごはんだったから……つい、」


 ニックからもらった弁当は三つあった。それからペットボトルのお茶と水、ジュースが一本ずつ、あとはサンドイッチが三つ。

 シシーは、昨夜、弁当を三つとも食べてしまったらしい。テオドールがほとんど手を付けずに残した弁当も。 

 そして、朝、ジュースとサンドイッチをぜんぶ平らげてきた。


「よく食うな……」

 テオドールはさすがに呆れ、

「それじゃ、腹を壊すわけだよ。――君、過食の傾向があるんじゃないのか?」


 思わず言ったが、シシーはそれほど深刻には受け止めなかったようだ。一度は腹を押さえたものの、すぐに弁当を頬張りはじめた。


「ううん? いつもはそんなに食べないよ、あたし」

「食ってるだろ、現に。俺の倍は」

「だって、あたしおばーちゃんに、『シシーはいっぱい食べなネ』って育てられたから」


 いきなり、シシーの箸が止まった。


「だから、いっぱい食べると喜んでくれるひとがいると、食べちゃうかもしれない」


 テオドールは、言葉を失った。シシーがひどくさみしそうな顔をしたせいだ。


「おばあちゃんもおじいちゃんも大好きだった。でも、ほかの人は嫌い」

 シシーはそう言って、弁当を掻きこんだ。


(ほかの人、ね……)


「落ち着いて食えよ。また、腹を壊すぞ」


 テオドールはそう(たしな)め――自分もコロッケにフォークを突き刺したまま、目を落とした。


「そうだな――俺も、じいさんは好きだったな」


 身内の中で、唯一、テオドールの未来を限定しなかった人間だった。テオドールの進む道を、だまって見守ってくれたひと。


 だから彼が危篤(きとく)になったとき、地球行き宇宙船を降りた。義務ではなく、どうしても会いたかったのだ。死に目には間に合ったが、彼はテオドールの顔を見るなり叱り飛ばした。


『バカ者。帰ってなど来るな。おまえはそのまま地球に行ったらよかったのに』


 せっかく、地球行き宇宙船に乗ったのに――。


 祖父はかすれた声で叱ったが、テオドールの顔を見られたことは嬉しそうだった。テオドールはそれで、帰ってきた甲斐(かい)はあったと思った。

 遺言は、まったくそのとおりに、「自分の道を歩め」だった。


「じいさんは好きだったけど、親父も母親も、ばあさんも、みんな嫌いだ」


 テオドールの言葉に、シシーは弁当を食べるのをいったんやめた。すでに中身は、半分以上なくなっていた。


「みんな、“衛星”に縛られすぎてる。エリートって言葉にね……。自分が“特別”な人間だと、勘違いしてるんだ」


 シシーは目をぱちくりさせた。テオドールの言っていることは分からなかったようだが、苦笑気味に微笑んだ。


「テオも、あたしとおんなじだね」

「おおざっぱに言えば、そうかもな」


 ふたりは小さく笑いあい、弁当を食べることにした。昼休憩は一時間しかない。


「ところで、シシー、相談ってなんだ」


 もう、十二時半を過ぎている。食事を終えてからゆっくり聞いているヒマはないだろう。食べながら、テオドールは聞いた。


「あ、うん。――アニタさんたちの結婚祝い、どうしようかと思って」


 そのことか。テオドールは拍子抜けした。シシーの悩みの根幹(こんかん)にまつわる相談だと思っていた。


「それなら、カルパナさんのプレゼントが、俺たちの連名で――」

「そういうわけにいかないよ。あたしまだ、お金払ってないし。カルパナさんにも今朝、謝ってきたよ」

「……」

「一ヶ月も経ってからあげたら、さすがに遅れすぎだよね」

 シシーは嘆息した。


「シシー、ほんとに、金がないのか」

 テオドールは思い切って聞いた。


「うん――ないの」


 シシーはあっさり答えた。そして、肩を落とした。テオドールは、よくよく考えて、言葉を発した。


「……理由を、聞いていいか?」

「……」


 シシーはしばらく黙したが、やがて小さな声で聞いてきた。


「引かない?」

「ああ」

 テオドールは即答した。


「あたし、まえの彼氏にこのことを話したら、距離置かれちゃって……」

「俺は、多少のことじゃ驚かないよ。大げさには取らない」

「そうだね、テオ、あたしの部屋見ても、汚いって言わないし」


 シシーは小さく微笑み、話しはじめた。


「……実は、おじいちゃんとおばあちゃんのお墓を、L54の一等地に移したの」

「墓?」

「うん。あたしは地球行き宇宙船にいて、お墓の掃除もできないし――L54にいるおばさんのそばに移すことに決めて。でもそれにはたくさんお金がかかるし、あたし、給料の半分を、毎月、おばさんに送ってるの」


「――え?」

 テオドールは目を見開いた。

「ちょ、ちょっと待て――いつからだ?」


「あたしが役員になったときから」


 シシーは何年も、毎月、けっこうな額を、送っていることになる。


「ふたりのお墓も、死んじゃったパパとママのお墓も、おばさんが見てくれるから、お金くらい出さなきゃいけないし」


 L54の一等地に墓を建てるのは、相当の費用がかかる――それは事実だ。


「……待て。いろいろ言いたいことはあるが、とりあえず、百歩譲って――シシーは金を毎月送金している。わかった――給料の半分だとしよう。でも半分だろ? どうして、食事の金までなくなるんだ?」


 船内は、船客、役員ともにさまざまな箇所に便宜(べんぎ)(はか)られていて、暮らしやすい環境だ。たしかに給料が半分に削られてしまえば、貯金も難しいし、毎日の生活がやっとだろうが、それでも、食事ができなくなるほどでは――。


 シシーはうんざり顔でうつむいた。


「叔母さんの息子が――あたしのいとこなんだけど、信じられないヤツなの。いつも金に困ってて、おじさんや叔母さんから金がもらえないってなると、あたしの通帳から勝手に持っていくの」

「……」


 テオドールは絶句した。だが、なにも言わなかった。今口を挟めば、シシーは口をつぐむと思ったからだ。


「たまにあるんだ。数ヶ月に一度。そのときは、もうあきらめるしかない。いきなりお金が無くなってるから。でも、毎月連続っていうのはないからだいじょうぶ。あたしが宇宙船の役員をクビになったら、あいつもお金をもらえなくなるでしょう? だから、毎月は持っていかないの」

 シシーの肩が、小さくなった。

「今月が、ちょうど、その運が悪い月だったの……」


 さすがにテオドールは詰まった。運が悪いという問題ではない。ツッコミどころが山ほどある。


(今月だけじゃないだろ。二ヶ月連続だろ!)


 彼は、なにから言うべきか迷い、やっと、先に言うべき言葉を見つけた。


「シシー、君、とりあえず送金用の通帳と、生活費用の通帳を、分けろ。それで、生活費用の番号は、だれにも教えるな!」

「へ?」

「もちろん、給料が振り込まれる方は、生活用の通帳だ。そこから、毎月引き出される金額を、送金用に移す。そうしたほうがいい」


 こんな基本的なことを、だれもアドバイスできなかったのか。だれも教えてくれなかったのか。

 テオドールは、シシーから事情を聞いたから、はじめてアドバイスできていることに、ようやく気付いた。

 三十四歳にもなるシシーが、こんな対処もできないなんて。

 シシーは目を丸くした。


「通帳って、ふたつつくれるの?」

「!?」

「いっこしか持てないんじゃないの?」


 テオドールは、ふたたび絶句した。――そのときだった。

 シシーのバッグから鳴る小さな振動音。気づいたのは、テオドールだった。


「シシー、携帯なってる」


 テオドールは動揺を必死で隠しながら、言った。

 シシーのかつての恋人が、距離を置いた理由が、すこし分かった気がした。シシーは、さりげないところで、ひどく世間知らずなのだ。「こんなことも知らないのか?」と叫びたくなるようなことが、けっこうある。


「ン」


 鮭にかじりついたまま、シシーはバッグから携帯電話を取り出す。とたん、「わあ!」と叫んで、バッグにもどした。くわえていた鮭も、弁当に落下した。


「どうした!?」


 その態度に驚いたテオドールが思わず叫んだが、シシーの顔色は真っ青を通り越して白くなっていた。


「いで……」


 シシーの額に、脂汗が浮かんだ。お腹を押さえて、うずくまった。


「いだい……」


「シシー?」


 バイブレーターは切れた。シシーはそのまま、ベンチの上でひっくり返った。


「シシー!?」





 テオドールは即座に救急車を呼んで、中央役所内の医務室ではなく、近くの救急病院に搬送してもらった。もちろんテオドールはついていき、自分とシシーが午後から早退する旨を役所に告げた。


 シシーは病室で眠っている。代わりにテオドールが診断結果を聞いた。医者から告げられた病名は、「食べ過ぎ」でも「食中毒」でもなく――。

 

「――は?」

「神経性胃炎ですね」


 神経性胃炎。あの、シシーが。


 テオドールは思わず聞き返したが、医者はもっともらしく言った。


「派遣役員さんでしょ。派遣さんは忙しいし、けっこう多いんですよ。初の担当で、担当船客が地球に着くかもしれないとかで――めでたいことです。それで、だいぶ気を張ってるんじゃないかな?」

「……」


 珍しくもないということか。たしかに、医者の言うとおり、派遣役員は忙しいから、身体を壊す人間も少なくない。


「しばらくは安静にして。ちゃんと休んでね。派遣さんはホント休まないから。もうすぐ地球に着くし、仕事量も減ってるでしょう。とにかくゆっくり休むこと。それしかない」


「……はい」

 テオドールは思わず返事をしていた。


「まあ、そんなに気を張らずに。ここまで来たら、もうどうやっても着くでしょう。そういって、安心させてください」


 テオドールは、医者の説明を聞きながら治療代のことを考えはじめ、役員の治療費は全額無料だということを思い出した。




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