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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~恋の回転木馬篇~
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380話 黄金の天秤 Ⅱ 1


 翌日のことだ。


「テオ、おはよ!」

「あ、おは、おはよう――」


 シシーはテオドールの顔を見ると、元気よく駆け寄ってきた。シシーはなんとも思っていないようだったが、テオドールはしっかり尾を引いていた。顔が赤いのを悟られないように、テオドールは背を向けてメガネの位置を直した。彼の態度はふだんからそっけないので、シシーに違和感はなかったようだ。

 シシーは満面の笑顔を向けた。


「昨日はありがとう」

「い、いや」

「あの、あとで、ちょっと相談があるんだけど、いい?」

「――! ああ!」


 テオドールは、昨夜シシーの部屋を飛び出したあと、後悔した。自分ひとりが気まずくなって出て来てしまったが、そもそもが、いったい彼女に何があったのか聞いてみるつもりで部屋に行ったのだ。腹ごなしもして落ち着いたところで、切り出してみるつもりでいた。


(俺は、ほんとうにバカだ……)


 シシーが話すかどうかは分からない。だが、聞くだけ聞いてみよう――そう思っていたのに、目的を果たすまえに退出した自分のバカさ加減を、昨夜はさんざん(ののし)った。

 けれども、あのまま部屋にいたなら、自分がどんな「礼儀に反する真似」をしたか分からない。


(そもそも、独身女性の部屋で二人きりになるなんて、そのこと自体が礼儀知らずだったな……)


 カルパナを(ともな)って来るべきだったと、テオドールは猛省した。

 

「ねえ、テオ」


 シシーは、テオドールのスーツの裾を引っ張った。テオドールは我に返った。


「お昼に、いい?」

「ああ」

 今度こそはっきりうなずいてから、

「昼は、一緒に社員食堂に行かないか」

「え?」

「いっしょに食べよう」


 テオドールの言葉に、シシーの顔があからさまに輝いた。テオドールは動揺し、今度こそ赤面を隠せなかった。


「うんっ! じゃあ、お昼ね。仕事、がんばろう!」

「――ああ」


 テオドールはてっきり、シシーの相談は、金銭にまつわるシシーの身の上相談だと思っていたが、それは違っていたのだった。


 だが、アンジェリカの言葉どおり、機会はまったく唐突(とうとつ)に訪れた――。





 ルナの部屋のドアには、朝から「ウサギ以外立ち入り禁止」の札がかけられていた。


「ウサギ以外……」

「あたしたち、ネコだからダメね」

「アンジェに、ルナの勉強だからあまり干渉しないことって言われたしね……」

「でも、ウサギ以外禁止って――」

「アズラエルの部屋でもあるのに、アズラエルも入れないってこと?」


 リサとキラ、レディ・ミシェルとサルーンは、ルナの部屋のドアの前で、そうささやきあっていた。

 サルーンは、ルナのポケットに入れてもらえないので、ずいぶんしょんぼりしていた。


「落ち込まないの、サルーン! 代わりにあたしのポケット貸してあげるから――一時間だけね」


 キラが、エプロンの前ポケットを広げた。サルーンは喜んで入った。


「しょうがないね。三人と一羽でリズンにいこっか」

「ルナには、キッシュおみやげにすればいいよね」


 三人と一羽は、つまらなそうに、三階をあとにした。


 そのルナは、朝食を食べて洗濯を終え――日課である、ピエロのウサギ体操を終了するなり、部屋に閉じこもった。


 ピエロは、サルビアがベビーカーに乗せて連れて行ってしまった。ルナが集中して、ZOOカードを見ることができるようにだ。


 先日から、アズラエルは朝から晩まで講習を受け続けているので、ピエロの面倒を見てもらうことができない。二週間で、講習をぜんぶ終えるのだと言っていた。ルナは理由までは聞いていない。


(アズ、どうしてあんなに急いでるんだろ?)


 ルナはアホ面で脱線しかけ、あわててZOOカードに向き直った。

 昨夜、アンジェリカに指摘された部分を、徹底的に調べなければならない。


 ()にも(かく)にも、ルナは、「“メリーゴーランド”の象意は?」と言われたときに、はっと気づくことがあったのだった。


 ルナは、星柄の日記帳を開いた。ZOOカードの記録帳にしているものだ。


「ええと、ええと、メリーゴーランドの象意……」


 遊園地の遊具には、それぞれ、「意味」がある。

 たとえば、観覧車は「悟り」や「救済」、ジェットコースターは「激動」、「華やか」、「怒涛(どとう)」、お化け屋敷が「試練」、「困難」――のように。

 メリーゴーランドが意味するものは、「試験」。

 試験、すなわち、テストである。

 

 かつて、フライヤのカードである「布被りのペガサス」は、メリーゴーランドで、エルドリウスの「天翔(あまか)けるペガサス」と出会った。


 メリーゴーランドは「試験」の象意。そこから、フライヤの「試験」が始まった。


 アダム・ファミリーに入社し、エルドリウスと出会い、彼に見初められて結婚することになった――L20に引っ越して、軍属し、お茶室へ。


 そして、アイリーンと出会い、全部署提出のレポートを仕上げる。そのことで、ミラの秘書室へ大抜擢(ばってき)――。


 そして、メルーヴァ討伐軍総司令官として、アストロスへ赴いた。


 フライヤはひとつひとつの「試験」を越えて行った。「試験」をクリアしていったのだ。


 合格も、不合格もあっただろう。だが、基本的にメリーゴーランドの試験は、合否は関係ない。「試験」そのものが象意だから、受け続けていくことになる。


「試験」に必要だったものは、ほんのすこしの勇気や、時に思い切った決断、辺境惑星群のことをコツコツ学び続けてきた成果。

 フライヤは、すべての試験を受け続けてきた。


 これが、ルナがアンジェリカから遊具の象意を教わったときに、分かったことだ。

 そしてルナ自身の夢にも、メリーゴーランドが出てきたということは。


「この場合、メリーゴーランドに乗ってる人ってゆうよりかは、あたしに対する、うさこの“試験”なのかも」


 ルナはそう思ったのだった。


「12の預言詩」が届き、ルナが黄金の天秤を使ってサルディオーネになる日が近づいている。そのための「試験」を与えられたのではないのか。


 そして、月の女神の象意は、「愛」、「癒し」、「縁」、「革命」。

 アニタとニックのテーマは「愛」と「縁」。


 ルナはみんなの協力を得て、アニタの夢だった、ニックとの結婚までなんとかこぎつけた。このことは、アニタだけではなく、ニックの望みでもあった。

 

 ふたりは三千年の時を経て、結ばれたのである。


 ネイシャの場合は、「癒し」――すくなくともあれ以来、ネイシャはいつもの元気を取りもどした。完璧にとはいかなかっただろうが、ネイシャの不安や心の重荷は、すこしは軽くなっただろうか、とルナは思った。


(テオさんと、シシーさんは)


 おそらく今回は、「縁」と、「革命」。


 つまり、シシーが抱えている問題を「解決」することが、最終目的ではないのだ。おそらく、アニタとニックを結婚まで導いたように、シシーとテオドールを。


 放っておいても、テオドールはシシーを銀色の糸によって救済はするが、月を眺める子ウサギこと、ルナが多少なりとも手を貸さなければ、ふたりは結ばれないということだ。


(革命……)


 ルナはノートを見ながら考えた。


(革命の象意があるってことは、ふたりのカードは変化するのかもしれない)


「馬たちはどんな動きをしてたっけ? ――うん、ギクシャクしてた」


 ルナはまるで、みんなのぎこちない恋愛模様のようだと思ったのだった。

 シシーとテオドールも同じだ。

 だれもがアズラエルやクラウドのように、好きとなれば一直線、というわけではないし、セシルとベッタラのように、結ばれるまでずいぶん時間がかかるカップルもいる。


 だが、ルナには分かっていた。

 今、ふたりのカードが出て来たということは、どんな形であれ、二人の仲の進展を導くチャンスだということだ。


 ルナはふたりのカードを呼び出した。ふたりを結ぶ真っ赤な糸も、テオドールのほうから銀色の「救済の糸」が出ているのも変わらない。


 ルナは、カードに連なる縁の糸をすべて出してみた。


「うん……テオさんはそれなりにあるけど、シシーさんのほうは、少ないな」


 全体的に少ないが、シシーに向かって伸びる糸は、ほとんどがドス黒かったり、グロテスクな赤色をしていたりして、どうも、いい縁ではなさそうに見えた。おまけに、その不気味な糸の先にあるカードは見えない。

 アンジェリカは、「悪党どもは隠れているものだよ」と言った。


「これらが、コヨーテたちかも」


 ルナは確信した。気持ち悪い色の糸は、かなりの本数があった。


「これ、ぜんぶはさみで切っちゃいたいかんじ」


 それほど、気味の悪い色だった。ルナはほっぺたをぷっくらさせたが、はさみは現れなかった。


「シシーさんの問題はともかくとしても」


 アンジェリカの話によれば、それらはだまっていても、テオドールが解決する。


「あたしが、あの夢を見た意味……」


 ルナが気になったことと言えば、テオドールの「礼儀正しいハクニー」は、背にシシーの「怖がりなシマリス」が乗っているのに気付いていない感じがしたこと。そして、「郷に入っては郷に従え」という、テオドールの言葉。


(テオさんは礼儀正しすぎて、シシーさんは怖がりすぎて、二人の仲が進展しない、とか?)


「郷に入っては郷に従え」の言葉があったように、テオドールのハクニーは、ギクシャクした恋愛模様に合わせている?


(ほんとは、ギクシャクしない? ギクシャクしないで、スマートな恋愛できるけど、合わせてギクシャクしてたの?)


 なにに? テオドールはなにに合わせて、ギクシャクしてるの?


「わかやない……」


 ルナはぺったりと、絨毯に突っ伏した。ウサ耳もいっしょに、絨毯に垂れた。


真名(まさな)、真名……あたしが唱えたって、出てくるかなあ?」


 ルナはウサギのように口をもふもふさせ、半ばあきらめ顔で、「原初(オリヘン)!」と叫んでみた。


 すると、シシーのほうは変わらなかったが、テオドールのほうは白銀色の輝きをまとって、変化した。


「ウソ!?」


 ルナは飛び起きて、変化したカードを見つめた。


「――“特別なハクニー”?」


 カードには、蝶ネクタイをつけてキリリとした顔の馬がいた。


「ん? 背景がない?」


 背景が、真っ白だ。

 ふつう、ZOOカードには、カードに示された動物にまつわる背景が描かれている。キラの“エキセントリックな子ネコ”には、趣味の雑貨やチョウチョ、カレーがあったり、リサの「美容師の子ネコ」は、背景が美容室だ。

 背景が真っ白なのは、フローレンスのカードが「赤子(べべ)」にもどったときしか、見たことがない。


「テオさんもベベ?」


 カードは、ルナが首を傾げているうちに、もとの「礼儀正しいハクニー」にもどった。


「……」


 今度は、カードの背景がある。――これは、学校だろうか。ずいぶん豪奢(ごうしゃ)な、王宮のような学校が背景にあって――。


「ん?」


 馬がしている蝶ネクタイは、蝶ネクタイではないかもしれないことに、ルナは気づいた。白い蝶ネクタイのタキシードか何かだと思っていたが、ちがう。


(これって、制服?)


 もしかして、馬が着ているのは学校の制服かもしれない。蝶ネクタイの中央に、トゲトゲの花のようなピンがある。


「ん?」


 ルナは目を細め、鼻がくっつくほどカードに顔を近づけたが、学校の門のところにある文字は、小さすぎて見えない。


「ア? ア? ア――ロ?」


 ハクニーは、学校に背を向けている。そっぽを向いて、まるでそっちのほうを見ないようにしているかのようだ。


「テオさん、学校とか勉強が嫌いなのかな?」


 これが「礼儀正しい」という言葉となんの関係があるのだろう。ルナにはさっぱりわからなかった。


 ルナはあきらめ、今度は、シシーの「怖がりなシマリス」に向かって叫んだ。


原初(オリヘン)!」


 カードは変わらなかった。


「う~ん、真名(まさな)よ出て来い! ちがうな~、シシーさんのカード、変化しますか? 変化の予感がしますか? 変化する? う~ん。次の名前――そ、そうだ、未来(フトゥロ)! だめか、災難(デサストレ)とかは? 危機(クリシス)!」


 ルナが叫んだとたんに――なんの呪文が功を成したのかは分からないが、急にシシーとつながるドス黒い糸たちが、気味の悪い光を灯しはじめたので、ルナは「ひええ!」と叫んだ。


 それは、ルナのせいではなく――ちょうどその時間に、「シシーの携帯電話が鳴る」という、事件解決の糸口が始まった合図であったのだが、ルナは自分のせいだと思って慌てふためいた。


「ど、どどどどうしよう!?」


 カードの中のシマリスが、泣き出した。恐怖に震えている。背景にあったクルミやアーモンドなどのナッツが消え、不気味な、真っ黒い怪物たちが姿を現す。


「なにコレ!?」

 ルナは絶叫した。


「どうしよう!? どうしたらいいの、うさこ、助けて! うさと、黒うさちゃあん……!」


 だれも出てこなかった。ルナの勉強だからなのか、メリーゴーランドの夢以降、彼らはまったく出てこなくなってしまったのだった。


「どうしよう! ア、アンジェ――サルビアさん!」


 アンジェリカは中央役所だし、サルビアはピエロを連れて、リズンのほうまで散歩に行ってしまった。


 一刻を争う事態だ。カードの中の化け物たちが、泣きじゃくっているリスに手を伸ばす――ルナは携帯電話を探したが、カードの中の物語が急展開していくのを見て――なにを思ったか、シシーのカードをつかんで、クローゼットを開けた。


「うさこ、助けて!!」


 黄金の天秤の皿に、カードを乗せた。


「プギャー!?」


 とたんに銀白色の光が(ほとばし)り――ルナの顔色がさらに蒼白になった。


『コラーっ!!!!!』

 

 おそろしい声が、響き渡った。


「ぴぎっ!!!!!」


 ルナは悲鳴をあげて小さくなった。いきなりZOOカードから、月を眺める子ウサギではなく、月の女神が現れたからだ。ウサギの姿ではなく、美しい、等身大の女神の姿が。


『そろそろ、なにかしでかすところだと思っていたわ! あれほど忠告したのに! 黄金の天秤を軽く扱うなって!!』


 月の女神は激怒していた。美しい眉はつりあがり、自分の顔ながらすごく怖い顔だとルナは思った。すっかり涙目で、「ごめんなさい、ごめんなさい」とウサ耳をぺったり垂らして何度も謝った。


『謝ったって遅いわ! カードを乗せてしまったんだから――ルナ、急いで天秤を持って、真砂名神社に向かいなさい!』


「はいい!!」




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